2015年のユーロ圏経済の見通し

極端な悲観論が欧州に広がっている。 大規模な資産購入計画(いわゆる量的緩和(QE))に入る欧州中央銀行(ECB)の動きは、デフレや景気停滞との戦いが最優先事項であるという世間一般の感覚を反映している。 確かに悲観論には正当化されるところがあるが、その悲観論は誇張されていると我々は見ており、ECBが動く前の2015年の経済見通しは緩やかな成長、現在では、成長はさらにいくらか伸びるだろうと見込んでいる。

図 1

2014年のユーロ圏経済に不都合な影響を及ぼしたもののひとつに銀行のストレステスト(健全性審査)があり、その予期しない結果は2014年10月にECBによって公表された。 このストレステストにより、2013年および2014年の銀行部門は、バランスシートの正常化や資本比率の改善に主に注目することになった。 その結果、信用収縮(クレジットクランチ)が生じ、金融制度は機能不全になり、ユーロ圏内に限れば域内平均の経済成長は止まった。ストレステストが過ぎ去り、2015年の銀行貸出は機能するはずだ。欧州版の資産買い入れ(いわゆる量的緩和)にECBが本気で乗り出すようであればなおさらである。

我々は楽観的に、ECBの大規模な資産購入プログラムが直ちにユーロ圏経済の大きな助けになるだろうとは、思っていない。 むしろ、ECBの政策は、国債市場におけるクレジットスプレッドに関する不安をいくらか取り除き、また通貨では、相対的に弱いユーロを維持するのに役立ち、デフレとの戦いを支えるだろう。

さらに、ギリシャの政情が揺らぐ可能性はあるが、ギリシャのユーロ離脱について過剰に動揺することに対し、我々は注意を促したい。 政治的レトリックはそれとして、ギリシャがユーロを離脱する可能性は10%前後かそれ以下だと我々は予想している。 ギリシャ国民が離脱を選択すればユーロは急上昇するが、新ドラクマの体制でギリシャ経済は超インフレになる。. そして、ECBやギリシャに対する他の債権者は損失を受けるものの、少なくともECBはその影響を吸収できるだろう。 ギリシャ国民がユーロにとどまれば、いくらかの追加的な金融支援が必要になるが、ギリシャ経済はすでに債務の大方について減免を受けており、わずかでも安定を実現しなければならない。

銀行部門の資産査定に始まった景気停滞

銀行部門のバランスシートの正常化や資本比率の改善の進行状況は、ECBのバランスシートに反映されて分かる。 米連邦準備理事会(FRB)や日本銀行は、2013年および2014年にバランスシートを膨らませていたが、ECBは大幅に収縮させた。 これは、2008年の金融危機後の数年や政府債務危機における支援形態として、ECBは、銀行部門に投入する緊急流動性支援を主に利用していたためである。

 今回の資産査定は厳しいものになるとECBは断言していたし、どの銀行も資産不足の判定を回避しようとしていた。 晴れてストレステストの合格を目指す銀行は、バランスシート上で「緊急流動性支援」となっている科目の見栄えが良くなく、返済の必要があると速やかに認識した。 そして、経済成長を支えるための新たな融資や信用枠の拡大を行うかわりに、それらを返済したのだ。

図 2

ストレステスト期間は終わった。 追加資本の投入が必要な銀行もあったが、大手銀行はすべて健全性審査に合格した。 さらに重要なのは、2015年、銀行貸出の焦点はもうバランスシートの正常化ではないということであり、リスクに基づき貸し出すより伝統的なアプローチの再開が可能になるだろう。 この点について、我々はさほど期待していない。 それでも、過去からの大きな障害を取り除けば、段階的な改善に向けて環境を整えることができる。 おそらくECBが行う資産担保証券(ABS)や債券の購入プログラムの助けがなくても、貸付市場の改善により、実質の国内総生産(GDP)は1.0%から1.5%の範囲のプラス成長に緩やかに移っていくだろう。

ギリシャ

ギリシャはユーロ圏の名目GDPの1.9%を占める。 現在において、同国が最多の債務を負っているのはECBと欧州金融安定基金(EFSF)である。 ギリシャがユーロを離脱すれば、この2機関は損失を受ける。そうなって欲しくないが、どちらも損失を被ることは可能だ。 また、ギリシャの離脱でユーロ圏は一段と強化されるだろう。 ギリシャがユーロ圏参加に興味を示したのは、ギリシャの参加によりトルコの参入阻止ができるからだということを思い出していただきたい。 経済的条件で、ギリシャもトルコもユーロ圏参加国に適合しない。 政治的レトリックはあるものの、ギリシャの本心はそれほど辛辣でなく、我々の基本シナリオではギリシャはユーロ圏にとどまっている。 もし、ギリシャが新ドラクマを導入するのであれば、超インフレ状態になるのはそう遠くないだろう。

デフレーション

2015年に経済が若干のプラス成長に戻るを助けるもう一つの要素は、ユーロ下落の影響がまだ現れていないことである。 FRBは量的緩和(QE)の終了段階に入り、健全な経済を背景に米国の利上げ議論が始まっているのがすでに明らかな状況では、ECBが資産拡大に戻る見込みやユーロ圏の景気停滞との比較により、ユーロに下落圧力がかかる。 米国の健全な経済成長や、デフレ不安を払拭する手段として量的緩和や資産購入を受け容れるECBの動きを想定すれば、米ドルに対するユーロ下落の傾向は続くだろう。

さらに我々が注目するのは、おそらくECBは公的にはユーロ安を支援していないかもしれないが、その政策方針や量的緩和に乗ずる姿勢は、さらなるユーロ安の容認がデフレに対する主な防衛策であることを強く示していることである。 それでも、欧州経済の予想以上の伸びやFRBによる利上げ決定の遅延など、サプライズは常に起こり得る。 換言すれば、傾向というものは振り返って見るときより一層明らかになるのが常であり、仮に全体的な傾向は変わらなくても、行く手を阻むボラティリティやイールドカーブが現れることはあるだろう。

図 3

図 4

債務とユーロ圏経済へのダウンサイドリスク

債務は依然としてユーロ圏の重大課題である。 ユーロ防衛のために「あらゆる措置を取る」とECBは約束し、その低金利政策により、アイルランド、イタリア、スペイン、ポルトガルの借入金利を管理可能な水準に引き下げることに成功しているが、先に述べたように、ギリシャはいまだに問題を抱えている。

範囲を広げてみると、他のユーロ圏経済にとっても、高水準の債務は依然としてダウンサイドリスクである。オランダやアイルランドでは、GDPに対する家計債務比率がそれぞれ126%と102%に上昇している。 同様に、アイルランドでも、非金融法人部門が多額の負債を抱え、債務比率は対GDPで216%に増えている。 ベルギーやポルトガルでは企業が、GDP比でそれぞれ192%と163%相当の債務を負うのもそう遠くない。

高水準の債務は、多くのユーロ圏参加国で経済成長の足かせになりかねない。 皮肉なことに、懸念されるのはユーロ圏全体の債務額ではない。 実際に、ユーロ圏全体のレバレッジ率は米国や英国のそれをやや下回っている。 問題なのは債務の分布状況だ。 債務は、借入コストが最も高い国(ギリシャ、アイルランド、イタリア、スペイン、ポルトガル)に特に集中する傾向がある。 一方で、借入金利が最も低い国のドイツでは民間部門の債務が低水準にあり、ユーロ圏の平均債務高を大きく引き下げている。 こうした格差が、ECB側で行う量的緩和を巡る大方の議論の中心になる。 量的緩和に対してドイツは反対の立場だが、債務国は支持に回っている。

図 5

出所:(仮)デレバレッジ、デレバレッジとは何か?(“Deleveraging,
What Deleveraging?”)Buttiglione、Luigi、その他、ICMB、2014年
(Buttiglione, Luigi et al, ICMB, 2014.)

興味深いことに、ユーロ圏の経済危機は7年に渡るが、ユーロ圏経済の債務負担は軽減されていない。 基本的に、GDPに対する公的部門の債務比率が上昇しており、民間部門の対GDP債務比率の低下を相殺している。 ECBが金融緩和策を維持し続ける限り、ギリシャ以外では、こうした債務にかかる金利の支払いは問題にならないはずだ。そうは言うものの、多額の債務はおそらく経済成長の速度を抑え、より深刻な債務を抱えるユーロ圏参加国を、衝撃に対して一層脆弱にするだろう。 さらに、債務にかかる支払金利より名目GDPの伸びが低ければ、GDPに対する債務比率は上昇し続けるだろう。 名目GDPがしっかりと伸び3%かそれを上回れば、ユーロ圏経済の債務負担をうまく軽減することができるかもしれないが、2015年にそうなることはないだろう。

デフレを引き起こす商品価格は悪ではない

石油価格の崩壊は、短期的にユーロ圏をデフレ状況へ引き込んでいるが、日本のような長期に渡る価格下落のリスクは非常に限られている。 コアインフレは0.8%にとどまり、ECBとしてマリオドラギ氏が計画している量的緩和政策を正当化するのに十分低い。 一段のユーロ安に助けられて、コアインフレ率(食品およびエネルギーを除く)が前年比でマイナスになることは防げるはずだ。 さらには、石油価格の下落は、ユーロ圏の消費者やユーロ圏経済全般の活動を強力に後押しするだろう。基本的に、ユーロ圏では石油を全く産出していない。 したがって、原油価格の下落がさらなるユーロ安と重なると、競争力の向上や輸出の伸びにつながり、他国に対してユーロ圏の貿易黒字を当然押し上げるだろう。 また、石油価格の崩壊や一段の通貨安は、先に触れたダウンサイドリスクをいくらか相殺するのにきっと役立つだろう。

ECB版の量的緩和は役立つのか?

以上のことから、政策に関する本日の質問にたどり着く。すなわち、ECBが新たに公表した資産買い入れ(QE)は、経済成長に大いに役立つのか、ということだ。 このカギとなる質問に対する我々の見解を示すことで、議論を進めよう。

QEがうまく作用するには、何の資産を購入するかが重要だ。 中央銀行の担当者は、実際の経済成長を速めるのに役立つのは国債の購入だと考えているようだ。 我々はそう思わない。 興味をお持ちの読者はこの論題に関する我々の学術的寄稿である、レビュー オブ ファイナンシャル エコノミクス 22.1 (2013年) 1-7の「(仮)量的緩和による効力を評価するにあたり必要となる基本的概念」(”Essential concepts necessary to consider when evaluating the efficacy of quantitative easing." Review of Financial Economics 22.1 (2013): 1-7)や ジャーナル オブ ファイナンシャル パースペクティブ 第2巻 第2版 (2014年)の「(仮)量的緩和への様々なアプローチを評価する 中央銀行の将来に向けたレッスン」 ("Evaluating different approaches to quantitative easing: lessons for the future of central banking)” Journal of Financial Perspectives, Volume 2, Issue 2 (2014)).をご覧いただきたい。

中央銀行が自国の国債を、ECBであればユーロ圏参加国の国債を購入するとき、政府支出は増えない。 米国でも日本でもユーロ圏でも、金融政策と財政政策は連動していない。 そして、中央銀行の資産買い入れが支出の増加に直接的に作用しないのであれば、買い入れの影響は深刻なほど弱まる。 実際のところ、最重要部分であるこのつながりは非常に薄い。 資産買い入れにより債券の利回りが低下し、それにより貸出が伸び、結果として経済的支出や活動が活発になるという主張は必ず展開されるものである。 この連係で関連が薄いのは、銀行貸付だ。 政府は、大手銀行一行の倒産が銀行貸付の体系的崩壊に至ることはないと確信するために、資本比率など欠点のない万全を期した規制の強化に焦点を定めている。 これは賞賛に値する目標である。 我々が注目したいのは、資本比率が一段と高まり、リスクマネジメントの体系が改善されれば、将来の貸出の伸びと中央銀行のバランスシートの規模の関連は、あるとしても非常に薄い、ということである。 最も重要なのは将来への信頼であり、信頼がない場合は、拡大型の財政政策といった新たな支出の源泉を認識することが必要になるが、債務が重くのしかかるのであれば、そうした財政支出が行われることはない。 つまり、リスクは高いが、企業支出や資本投資を生むのが明白な民間部門の債券や株式を中央銀行が購入しないのであれば、国債の買い入れのみに基づくQEでは実質GDPは高水準にならないだろう。

ECBのQEプログラムの効果は、ユーロ圏の地域的特性により限られることにもなるだろう。 ECBは、国債や他の資産を直接買い入れるよりむしろ、参加国の中央銀行に資金を提供し、その資金で自国の国債を購入させてはどうか。この仕組みは、ドイツによるQE反対を抑えるために考案された一つの折衷策であり、他国の債務に対する各国のエクスポージャーを限定するだろう。 1929年に有力者であるベンジャミン ストロング ニューヨーク連銀総裁が折あしく亡くなったあと、米FRBが大恐慌との戦いに乗り出した、まとまりのない地域的なアプローチをこの仕組みはひそかに思いださせるが、ECBのQEが効果的でない場合でも、1930年代の混乱が欧州全域で繰り返されることはないと我々は予想している。

それでも、QEにはシグナルとしての効果があり、これは役に立つだろう。 ECBがQEを受け容れる動きは、米FRBによるQEからの退出や短期金利引き上げの議論と極めて対照的である。 結果として、ECBが発するQEのシグナルにより米ドルに対しユーロはさらに下落し、後に消費者価格をさらに押し上げ輸出を助けるだろう。

以下に我々の結論をまとめて示す。

  • ユーロ圏の実質GDPの伸びは、2015年に1%から2%の範囲になるだろう。ここ数年来では疑う余地のない回復になるが、取り立てるほどのものではない。 経済が成長する主な理由は、銀行のストレステストや貸出の収縮に起因する深刻な停滞を招かずに済んだことである。
  • ECBがQEを採用しても直接的な支援にならないが、シグナルとしての効果はユーロの一段の下落に反映され、価格には上昇圧力がかかり輸出は改善するだろう。
  • ウクライナとロシアの緊迫によるリスクは現実になるだろう。
  • ギリシャのユーロ離脱は、必要以上に強調されている。

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