米中の貿易戦争:エスカレーションのリスク

この週末、状況は大きな変化を見せた。これに先立つ5月第1週の株式市場は、米国の好調な雇用統計と、今週にも米中の通商交渉が終結するとの期待から、上昇しての終了となっていた。そして日曜日の午後(中国の月曜日早朝)、ワシントンは、2000億ドルに及ぶ中国製品に対する10%の関税を、金曜日に25%に引き上げると発表したのである。このニュースはもちろん、株式、債券、通貨、商品などの市場に衝撃を与える結果になった。

これまでのところ、貿易戦争の影響に関して本稿のシリーズで展開してきた分析は、かなり正確なものとなっている。例えば本稿のシリーズでは、少数の製品に対するより高い関税に加えて、2,000億ドルの中国製品に対する10%の関税は、中国の経済を0.1-0.2%ほど押し下げることになると推定した。実際、中国の公式GDP推計によると、同国の成長率は6.5%から6.4%に減速している。これまで、中国通貨の軟調推移と同国が金融と財政を緩和的に運用していることから、貿易紛争による悪影響は限定的にしか示現してこなかったのである。

本稿シリーズの関連リポート:

一方で、局面がエスカレートしている直近の状況は、貿易戦争の影響を相殺することが一段と難しいものにしている。2000億ドルの中国製品に対する25%の関税は、中国の経済成長を0.3-0.4%押し下げる可能性がある。また、別途、3000億ドルにおよぶ中国製品に対する25%の関税によって、成長率はさらに0.5%押し下げられる可能性があり、貿易紛争の総コストは、中国のGDPの0.8〜1.0%に達すると考えられる(図1)。

図1: 中国製品に対する関税水準とその一次的な影響

貿易戦争の経済的影響の概算

2000億ドル相当の物品

 

米国CPI(消費者物価指数)

米国CPI(消費者物価指数)

米国企業の収益(GDP比、%)

米企業収益

連邦政府の歳入(GDP比、%)

 中国のGDPに対する影響

関税

(最大影響下)

(現実的な影響)

(最大影響下)

(現実的な影響)

(最良推定)

(最良推定)

10%

0.10%

0.05%

-0.10%

-0.6%

0.09%

-0.15%

15%

0.15%

0.08%

-0.15%

-0.9%

0.13%

-0.22%

20%

0.20%

0.10%

-0.20%

-1.2%

0.17%

-0.28%

25%

0.25%

0.13%

-0.25%

-1.5%

0.20%

-0.33%

30%

0.30%

0.15%

-0.30%

-1.8%

0.23%

-0.38%

35%

0.35%

0.18%

-0.35%

-2.1%

0.26%

-0.43%

40%

0.40%

0.20%

-0.40%

-2.4%

0.29%

-0.48%

45%

0.45%

0.23%

-0.45%

-2.6%

0.31%

-0.52%

50%

0.50%

0.25%

-0.50%

-2.9%

0.33%

-0.56%

上記の2000億ドルに加えて、追加的な3000億ドルに対する関税の影響

 

米国CPI(消費者物価指数)

米国CPI(消費者物価指数)

米国企業の収益(GDP比、%)

米企業収益

連邦政府の歳入(GDP比、%)

中国のGDPに対する影響

関税

(最大影響下)

(現実的な影響)

(最大影響下)

(現実的な影響)

(最良推定)

(最良推定)

10%

0.15%

0.08%

-0.15%

-0.9%

0.14%

-0.23%

15%

0.23%

0.11%

-0.23%

-1.3%

0.20%

-0.33%

20%

0.30%

0.15%

-0.30%

-1.8%

0.25%

-0.42%

25%

0.38%

0.19%

-0.38%

-2.2%

0.30%

-0.50%

30%

0.45%

0.23%

-0.45%

-2.6%

0.35%

-0.58%

35%

0.53%

0.26%

-0.53%

-3.1%

0.39%

-0.65%

40%

0.60%

0.30%

-0.60%

-3.5%

0.43%

-0.71%

45%

0.68%

0.34%

-0.68%

-4.0%

0.47%

-0.78%

50%

0.75%

0.38%

-0.75%

-4.4%

0.50%

-0.83%

本稿での試算は、貿易戦争の結果を受けても、金融政策や財政政策、為替レートが変わらない前提で行われている。

出展: CIA World Fact Book 2018の予想GDPを基に、CME Economic Researchで算出

もちろん、米国も貿易戦争の影響を受ける。ワシントンの貿易への取り組みを支持する人々は、関税コストの大部分を中国が負担すると考えているようだが、この関税は、米国の消費者や企業に対する課税でもある。2,000億ドルにおよぶ中国製品に対する関税を25%に引き上げたとすれば、米国の消費者物価は約0.1%上昇すると考えられ、米国の企業収益を約1%押し下げる可能性がある。また、25%の関税が米国に輸入される5000億ドル超の中国製品の全てに適用された場合、消費者物価は少なくとも0.3%上昇し、企業収益は多分、3%超押し下げられると考えられる。

注意するべきなのは、こうした見通しは、至って概略的ものに過ぎないことである。従って、実際の影響は、ここに示した予想以上である場合、または、それ以下である場合があり得る。影響が予想以上となるのは、貿易戦争に端を発する乗数効果と、二次的、三次的な影響が重なった場合である。もしも、交渉終結への期待が裏切られ、貿易戦争の一段の激化が企業の景況感に影響するところとなれば、太平洋の両岸で設備投資が予想以上に減速するであろうことは、想像に難くない。さらに、中国は自国通貨である人民元を切り下げ、その他の新興国通貨と商品市場がその道ずれとなる可能性もある。この場合、米国でインフレ率が高まる可能性がある程度相殺され、中国製品は関税引き上げの影響をある程度緩和することが出来る。ただ、米国の他国への輸出に支障が生じ、同国の農業部門に大被害が及ぶ可能性があるなど、そのための代償負担を忘れるべきではないだろう。実際、昨年、関税の引き上げが行われた際には、ブラジルのレアルとロシアのルーブルが大幅安を演じている(図2)。最終的に、現実として中国の経済成長が失速するなら、現状の債務水準を維持することが、同国にとっては一段と難しくなる。

図2: 2018年5月の関税引き上げでは、RMBやその他の通貨が弱含んだ

想定されるよりも影響が限定的となる可能性もあるという主張は、中国と米国の当局が、貿易紛争の影響の一部を相殺できるという考えに基づいている。例えば米国では、FRB(米国中銀)が金融政策を緩和する可能性がある。ただ、その場合、インフレ率が上昇するリスクを高めることになるかもしれない。さらに、FRBに対して政策緩和への圧力をかけ続けている政権のスタンスは、実際のところ、FRBに政策シフトを躊躇させる可能性もある。その場合、貿易戦争や既に引き締め状態となっている金融政策、またはその他の理由によって経済成長が失速を始めたとしても、現状の政策金利水準の維持をFRBに強要する結果になるとも考えられる。また、ワシントンの現在の政治情勢のなかでは、特に、財政赤字が対GDP比で4.5%に達しているなかでは、財政刺激策に期待することは非現実的と考えられる。また、 

一方、中国側にも選択肢は存在する。例えば、通貨切り下げに加えて、中国は財政政策を一段と緩和することが出来る。もちろん、その場合、中国は債務残高の拡大スピードを加速させることになる。中国はまた、2016年以降には実施されたことがない金融緩和措置ではあるが、政策金利を引き下げることも出来る。金利引き下げは、中国からの資金逃避圧力を高めると考えられ、人民元の下落が助長されると思われる。さらに、人民銀行(中国中銀)は、市中銀行の準備金比率を一段と引き下げることも出来るだろう。準備金比率を引き下げることで銀行には貸出資金が増加することになるが、この資金が実際に貸し出されるかどうかは、与信に対して銀行がどこまで積極的になれるか、また、消費者や企業の資金需要がどの程度まで高まりを見せるかに依存する。人民銀行がローン・ブームを創出することに成功した場合、短期的に、それは経済成長の後押しとなるだろう。ただ、長期的には、債務負担を増加させるという代償が伴っていることになる。

図3: 人民銀行は政策金利、または準備金比率を引き下げる可能性がある

図4:さらなる財政・金融刺激策は、中国の債務比率を一段と高めることになる

最後に、中国の経済成長とそれに続く商品市場と商品輸出国の通貨、それぞれの価格水準と為替レートの動きとの間には、強い相関関係が見られることを強調しておきたい(図5)。 もちろん、貿易紛争が迅速に終決するなら、本稿で論じた懸念は全て、机上の空論となる。しかし、両国が面目を保つ回避策を見つけられないまま、関税の一段の引き上げが実行され、二国間の協議が破綻するとすれば、商品市場と商品輸出国の通貨の動向は、米中の政策担当者がどの程度までその悪影響を相殺できるかに依存することになる。

図5: 簡素化指標である李克強(中国首相)GDP指標は特に、商品市場やEMFX(新興国通貨)の動向と連動性が高い

要点

  • 米中間の貿易紛争のエスカレーションは、通貨や商品、その他の資産市場に深刻な影響を及ぼす可能性がある
  • 悪影響に対して中国は、金融・財政政策の緩和で対応することが出来るが、これには債務が一段と拡大するという代償を伴う
  • 貿易環境の悪化に対して、金融政策、または財政政策で対応することは、米国には難しい
  • 貿易戦争がエスカレートし、解決が見通し難いとなれば、米国の農業部門のリスクは殊更、高まる

 

免責事項

本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。

 

著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

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