大方の資産クラスでは、OTM(アウト・オブ・ザ・マネー)のプットが同等のコールに対して割高となる傾向がある。この傾向は、上昇リスクよりも、相場の下落リスクに対して投資家の意識が集中することから、特に株式市場で顕著である。また、上昇相場に伴う政治的なリスクがある一方、通常は下落リスクが意識される原油市場でも、同様の傾向が見られる。貴金属や有価証券、そして通貨などの市場は、それぞれに特徴的であるものの、相場動向の上昇偏重や下落偏重はより対照的であり、少なくとも、時間によって変化する傾向がある。一方で、農産物に関するオプションは特異なものとなっている: コールは同等のプットよりも通常、割高なのである – プロダクトにもよるが、2017年初め以来、74%から99%の時間帯で、そうなっている。
農産物オプションにおける相場上昇へのスキュー(歪み、または「リスク・リバーサル」)には、概して2つの根拠がある。第1に、原市場の価格動向が、正(価格上昇方向)の歪みを示している可能性がある。そうであったとすれば、オプション市場が正の歪みを示すのは当然、と言える。第2に、原市場の価格リターンに明確な偏りがないとすれば、もう1つの主要な根拠は市場構造である:食品業者が農産物価格の上昇リスクに対して払うプレミアムは、生産者が下落リスクに対して払うプレミアムよりも高いのである。
第1の根拠は、簡単に検証できる。干ばつ、洪水、猛暑、寒波の脅威が農産物価格のリターンに正の歪みをもたらすと考えられる一方、1970年以来の日中データでは、トウモロコシ、小麦、大豆の原市場のリターンでは継続的な歪みが見られない。実際には、僅かではあるものの、大豆は持続的に、日々の価格リターンに負の歪みを示している。ただ、大豆油は例外で、 1970年以降、日々の価格リターンには僅かな正の歪みが認められるものの、+0.5を超える様な、統計的に意味があるとされる水準に達するものはなかった(図4)。
従って、ここでの考察では、穀物オプションの市場における正の歪みには構造的な背景がある、というのが結論となる。この市場の供給サイドには、米国だけでも216万、世界中で数100万におよぶ農産物生産者が存在する。こうした生産者にとって、主要なリスクは相場の下落に対するものである。需要サイドには加工や流通、そして販売を目的に、世界で生産される穀物の大部分を買い占める、比較的少数の企業が存在する。こうした買い手にとっての主要なリスクは、急激で大幅な相場上昇である。
相場上昇に偏重したオプション市場の歪みは、複数の要因によるものである可能性がある。第1に、穀物や種子油に関して、生産者の多くはフォワード取引で売っている一方、極端な相場上昇に備えて、コールのオプションを買っている場合が考えられる。生産者によってヘッジ戦略は異なるが、全体としては、プット・オプションを買うよりも、先物を売った上でコール・オプションを買う戦略の方が好まれていると考えられる。第2に、穀物や種子油の買い手は、取引主体としては少数派であり、極端な上昇相場に備えてOTMのコールでヘッジすることを好むと考えられる。農産物の生産者、あるいは農産物の購入者がプット・オプションを使わないと言っているのではない; ただ、農産物市場は、極端な下落相場よりも、極端な上昇相場を呈する可能性が高い一方で、OTMのプットよりも、同等のコールを割高とする構造的なバイアスが存在する、と言っているのである。
オプション市場の歪みに関するもう1つの特徴は、歪みに長期的な一貫性がないことである。農産物市場は時として、負の歪みを示す場合もある。これは、相場の将来的な下落を警告しているのだろうか?それとも、農産物市場の売られ過ぎを示唆しているのであり、相場の反発を警告しているのだろうか?同様に、正の歪みが極端な水準に達する場合もある。この場合、一段の相場上昇が示唆されているのだろうか、それとも、市場は買われ過ぎであり、間近に相場反落が迫っていることが示唆されているのだろうか?本稿の検証では、こうした疑問に対する明解な答えは得られていないが、それでも、有益な洞察が示されたと考える。
ここでは、先々の2年間について、歪みの度合いをゼロ(0)から100で指数化し、同期間に3ヶ月単位で(先読みをすることなく)、各種の穀物先物を買いつないだ場合と比較している。例えば、穀物オプションの歪みが、過去2年間で最も極端に相場下落に偏重していた場合、歪み度合いはゼロ(0)となる。反対に、過去2年間で、正の歪み度合いが最も高い場合、その度合いは100となる。次に、その結果を10分の1に分割し、2008年から2019年初めまでの間、限月終了の10日前となるまで3ヶ月毎の再投資を続けた先物のポジションを検証した。
正の歪み度合いが高い大豆と小麦では、2008年から2019年まで、オプション・トレーダー達は市場動向を比較的正確に見通していたことになる。相場の上昇偏重に対する歪み度合いが平均以下(稀ではあるが、完全に負である場合を含めて)の場合、これに続く3ヶ月間では、先物価格の下落が見られる。歪み度合いが極端に正である場合には、先物市場は一段と上昇傾向を強める結果になっている(図5、6)。
大豆と大豆粕は、オプション価格の正の歪みによる相場動向の示唆に関して、関係性が最も脆弱な市場となっている。実際、歪み度合いとそれに続く先物価格の動向は、逆の方向で連動している。2008年から2019年において、極端な正の歪みは、多くの場合、先物市場に対する売りの示唆として、また、極端な負の歪みは、時として、先物市場が底打ちから反転上昇に転じる示唆として、それぞれ機能している(図7、8)。
2008年から2019年において、トウモロコシ市場では歪みが(正であれ、負であれ)極端な水準のとき、最良の結果を残している。反対に、同サンプル期間において、歪み度合いが2年の移動平均に近似する水準では、トウモロコシ市場に規則性を見出すことが出来ない。
もちろん、ここでの結果はサンプル期間に限って観察されたものであり、オプション市場の歪み度合いとそれに続く先物市場の動向の関係性は、過去10年とここから先で、大きく変質する可能性もある。同時に、多様な農産物市場を通じて、一貫した結果になっていないことは、オプション市場の歪みを将来的な収益性の指標とすることに、ある程度の猜疑心を以て臨む必要があることを示している。一方で、オプション市場を利用しない投資家にとっても、OTMのコールやプットの価格の関係性が、現状の市場のポジション関係がどうなっているのかを含めて、示唆に富んだものであることは指摘できる。
本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。
Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。
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用意されている多様な農産物オプションで、リスク管理に必要な柔軟性、さらにボラティリティ戦略、またはイベントを前提とした取引戦略の執行が担保されている。穀物、種子油、家畜、乳製品など、CMEグループのプロダクト・ポートフォリオは、限月間や商品間のオプション・スプレッド、週次や新穀短期など、多様々な取引機会を提供している。