米国の雇用件数拡大に関する気になる数字

米国の労働市場の10年に及ぶ拡大基調を反転させるものは何かといえば、それはこの数字に要約できる:6.5%である。債券利回りに対して、ブルームバーグバークレイズの米国企業ハイイールド平均オプション調整後スプレッドと債券の利回り差が6.5%を下回っている限りにおいて、雇用創出はプラスを維持する可能性が高い。一方で、スプレッドが6.5%を上回った場合、雇用創出は減少に転じるリスクが高まる。 

ここ数週間、平坦な米国の利回り曲線が成長鈍化の前触れとして市場の注目を集めている一方、短期的な雇用市場の成長傾向に関して、信用(クレジット)スプレッドは正確性の高い指標となっている。クレジット・スプレッド単体で、1994年から2019年までの非農業部門の雇用件数(NFP)の月間変動で、その58%を説明することが可能である。利回り曲線、原油価格の動き、国勢調査要員の採用(重要となるのは10年に1度)や過去3か月の特殊要因など、その他の要因を合わせると16%が説明可能であることから、本稿で用いているモデルでは全体として、変数の74%を説明可能としている。

図1:本稿のモデルではNFPの月次変化の74%を説明可能

幸運なのは、現状、スプレッドは6.5%に遠く及ばない水準にあることである。ハイイールド債の利回りは7月、月間平均で3.9%だった。本稿のモデルによれば、比較的平坦な米国の利回り曲線など、その他の要因を考慮したとしても、8月のNFPで15万4000件増(誤差は1標準偏差=+/- 12万2000件)を想定する上で、3.9%は全く問題にならない。同時に、8月分の雇用統計が9月6日に発表されたとき、NFPが堅調さを維持する確率が約89%であることを意味している。

さらに先を見ると、8月に高まりを見せたボラティリティーは利回り曲線を平坦化させただけでなく – 2020年に向けた雇用件数拡大に懸念を生じさせただけでなく、8月16日(金曜日)までに、ブルームバーグバークレイズの米国企業ハイイールド平均オプション調整スプレッドと債券の利回り差を約4.4%まで拡大させる結果となっている。8月の残りの期間をこの水準で推移するとすれば、9月統計での雇用件数の伸びが約12万2000件(誤差は1標準偏差=+/- 12万4000件)に鈍化するとの予想と一致する。実際の雇用件数は、スプレッドが今後、拡大するか、縮小するかで、現行予想を上回る、または下回ることになる。

一方で、2014年後半から2016年初頭にかけて原油価格が暴落した際、ハイイールド債スプレッドは債券利回りを8.37%上回るまで拡大したこともあり – 本稿で6.5%としている、雇用市場の成長がマイナスに転じる場合の気になる数字を大きく上回ったことから、ここでの議論に違和感を覚える向きもあるだろう。実際、雇用市場の縮小は2016年、見られなかったのである。縮小が見られなかったのは事実だが、当時のクレジット・スプレッドの拡大には、2つの相殺要因があったもの事実である。2つの相殺要因の1つについては、既に述べた:原油である。原油価格の暴落は、2015年と2016年にかなりの数の雇用を石油部門から奪ったものの、大規模な減税に似て、全ての消費者にとって、ガソリンスタンド以外での支出を押し上げる背景となった。従って、2015-16年のスプレッド拡大による影響は、主にエネルギー部門に限定され、その他の部門における信用を縮小させるまでには至らなかったのである。

今年後半、または2020年に信用スプレッドが一段と拡大した場合、雇用の継続的な創出には支障が生じる可能性がある。そしてこの観点は、クレジット・スプレッドが拡大する一方で雇用市場が拡大を続けた2016年の場合を説明する第2の要因となる。当時、原油価格が暴落する数年前から、米国の利回り曲線は例外的に(急傾斜で)スティープな形状となっていた。本稿のモデルでは、1年の利回り曲線の移動平均を1年遅れで使用している。2015年2月までの1年間、利回り曲線は平均で350bpt(ベーシス・ポイント)の正の傾きとなっていた(図2)。その他の要因と合わせると、こうした背景は当時、月間で11万件の雇用を創出していたことになる。一方で、2018年8月までの1年間、利回り曲線の傾きは145bptに過ぎず、(本稿の回帰モデルを用いて)その他の要因も勘案すると、月間の雇用創出は4万5000件に留まったと考えられる。 

図2:2016年にスプレッドが拡大した際、スティープな利回り曲線は雇用市場の縮小を阻止した

短期的には、利回り曲線が平坦である現状が、経済や雇用創出に大きな影響を及ぼすとは考えにくい。しかし、2020年に向けて、雇用の創出スピードは一段と減速する可能性が高い。本稿のモデルにおけるベータ係数を信頼するとすれば、利回り曲線の平坦化により、来年の今頃までに雇用の拡大トレンドは、およそ2万5000件縮すると考えられる。さらに、利回り曲線の平坦な状態が続くとすれば、2020年末から2021年初め、雇用の創出スピードはより大きく減速すると考えられる。平坦度の高い利回り曲線は、信用市場のショックに対して、雇用市場が抵抗力を弱体化させている証左である可能性が高い。詳細については、付録を参照されたい。

最後に、利回り曲線自体が、与信クレジットを左右する要因である場合を考察してみよう。過去、利回り曲線が平坦化する時間帯では、与信スプレッドの拡大が観察されている。その意味では、現在の市場は既に、与信スプレッドの拡大初期にあるのかもしれない。もちろん、FRB(米国中銀)が政策金利を引き下げ、貿易戦争があまりエスカレートしない限りにおいて、信用スプレッドにはそれほど拡大がもたらされない可能性もある。一方で、現状の利回り曲線の傾斜度は、スプレッドの大きな拡大が見られた1990年代末(図3)や2007年、2008年(図4)のものと類似している。2016年⁻18年のFRBの金融引き締めサイクルは、利回り曲線を平坦化させただけでなく、クレジット・スプレッドの拡大に火を付けた可能性もある。今後数カ月、クレジット・スプレッドが劇的に拡大する可能性を含め、政策金利を引き下げることでFRBが状況を鎮静化できるかを見定める必要があると言える。

図3:1990年代末と2000年代初めの平坦な利回り曲線/金融引き締めは、クレジット・スプレッドを拡大させた

図4:平坦な利回り曲線/金融引き締めは2007年と2008年にも、クレジット・スプレッドを拡大させた

結論

  • ハイ・イールド・スプレッドが6.5%を下回っている限り、雇用創造は継続する
  • 本稿のモデルは、月次のNFPの変化について、その70%以上を説明できる
  • 本稿のモデルは現状、クレジット・スプレッドが充分にタイトであることから、雇用の創出はしばらく続くと予想している
  • FRBによる金融引き締め/平坦な利回り曲線は、2019年末から2020年初頭の雇用創出スピード鈍化を予想させる
  • ただ、利回り曲線では平坦化が進むと考えられ、特に2020年と2021年に向けて、クレジット・スプレッドが大幅に拡大するリスクと同時に、雇用件数の拡大スピードが急減する可能性がある。
  • 2019年8月分のNFPについて、15万4000件の増加を予想する。
  • 8月分の実績によるが、9月分のNFPは約12万2000件と予想される。

付録:

雇用市場の回帰モデル、詳細

 

 

 

 

 

雇用市場モデルの要因

t検定

P値

β係数

要因値

8月分の雇用統計予想に対する寄与度

切片

16.95385

2.12E-45

0.0027506

1

352

国勢調査要員雇用/解雇による影響

5.83693

1.41E-08

0.00019277

0

0

クレジット・スプレッド(1ヶ月平均を1ヶ月遅行して利用)

-22.2232

8.22E-65

-0.0004622

3.9

-231

利回り曲線(年間移動平均を1年遅行して利用)

6.401916

6.08E-10

0.00024618

1.45

46

原油価格(6ヶ月平均を2ヶ月遅行して利用)

-4.26156

2.74E-05

-0.0009302

-0.078

9

特殊要因を1ヶ月遅行して利用

3.997392

8.11E-05

0.22999786

-0.000113913

-3

特殊要因を2ヶ月遅行して利用

3.831491

0.000156

0.2207972

-0.000888645

-25

特殊要因を3ヶ月遅行して利用

2.968033

0.003244

0.17186894

0.000279807

6

 

 

 

 

合計:

154

* 労働人口の総数を1億5143万1000人として、1000件単位

 

 

 

 

 

出展:Bloomberg Professional (NFP T, GB3, USGG30YR, LF98OAS, USCRWTIC)のデータを基にCMEグループのエコノミック・リサーチ算出

その他の要因(原油価格変化、国勢調査要員の影響や特殊要因)による影響をゼロ(0)とした場合のNFP全体(1000件単位)の予想変化

 

 

利回り曲線(30年物利回り―3ヶ月物政府証券の利回り、年間平均を1年遅行で利用)

 

 

1.5

1.4

1.3

1.2

1.1

1

0.9

0.8

0.7

0.6

0.5

0.4

0.3

0.2

0.1

0

ブルームバーグバークレイズの米国企業ハイイールド平均オプション調整後スプレッドと債券利回りの差(年間平均を1年遅行で利用)

3.50

179

176

173

170

167

164

161

157

154

151

148

145

142

138

135

132

3.75

165

161

158

155

152

149

146

143

139

136

133

130

127

124

121

117

4.00

150

147

144

140

137

134

131

128

125

121

118

115

112

109

106

103

4.25

135

132

129

126

122

119

116

113

110

107

103

100

97

94

91

88

4.50

120

117

114

111

108

104

101

98

95

92

89

86

82

79

76

73

4.75

第105章

102

99

96

93

90

86

83

80

77

74

71

68

64

61

58

5.00

91

87

84

81

78

75

72

69

65

62

59

56

53

50

46

43

5.25

76

73

69

66

63

60

57

54

51

47

44

41

38

35

32

28

5.50

61

58

55

51

48

45

42

39

36

33

29

26

23

20

17

14

5.75

46

43

40

37

34

30

27

24

21

18

15

11

8

5

2

-1

6.00

31

28

25

22

19

16

12

9

6

3

0

-3

-6

-10

-13

-16

6.25

17

13

10

7

4

1

-2

-6

-9

-12

-15

-18

-21

-24

-28

-31

6.50

2

-1

-5

-8

-11

-14

-17

-20

-24

-27

-30

-33

-36

-39

-42

-46

6.75

-13

-16

-19

-23

-26

-29

-32

-35

-38

-41

-45

-48

-51

-54

-57

-60

7.00

-28

-31

-34

-37

-41

-44

-47

-50

-53

-56

-59

-63

-66

-69

-72

-75

7.25

-43

-46

-49

-52

-55

-58

-62

-65

-68

-71

-74

-77

-81

-84

-87

-90

7.50

-58

-61

-64

-67

-70

-73

-76

-80

-83

-86

-89

-92

-95

-98

-102

-105

7.75

-72

-76

-79

-82

-85

-88

-91

-94

-98

-101

-104

-107

-110

-113

-116

-120

8.00

-87

-90

-93

-97

-100

-103

-106

-109

-112

-116

-119

-122

-125

-128

-131

-134

8.25

-102

-105

-108

-111

-115

-118

-121

-124

-127

-130

-133

-137

-140

-143

-146

-149

8.50

-117

-120

-123

-126

-129

-133

-136

-139

-142

-145

-148

-151

-155

-158

-161

-164

8.75

-132

-135

-138

-141

-144

-147

-150

-154

-157

-160

-163

-166

-169

-173

-176

-179

9.00

-146

-150

-153

-156

-159

-162

-165

-168

-172

-175

-178

-181

-184

-187

-190

-194

9.25

-161

-164

-168

-171

-174

-177

-180

-183

-186

-190

-193

-196

-199

-202

-205

-208

9.50

-176

-179

-182

-185

-189

-192

-195

-198

-201

-204

-208

-211

-214

-217

-220

-223

9.75

-191

-194

-197

-200

-203

-207

-210

-213

-216

-219

-222

-225

-229

-232

-235

-238

10.00

-206

-209

-212

-215

-218

-221

-225

-228

-231

-234

-237

-240

-243

-247

-250

-253

出展:前述の12万2000件を標準偏差とした回帰モデルでCMEエコノミック・リサーチ算出

Bloomberg Professional (NFP T, GB3, USGG30YR, LF98OAS, USCRWTIC)との比較による月次予想値の誤差

 

 


 

免責事項

本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。

 

著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

Erik Norland(CMEグループ エグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト)によるレポートを さらに見る

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