南米通貨:メキシコの好調さは終焉を迎える?

新興市場において、資金逃避による通貨危機というシナリオは過去のものとなっている。南米諸国の通貨は大方が、アルゼンチン・ペソの暴落による影響を回避し、これを除く主要4通貨はここ数年来、それぞれに非常に異なったパフォーマンスを続けている。2013年から2018年、メキシコは南米では例外的だった。ブラジルやチリで景気の失速が顕著となった一方、メキシコはこれを回避したのである。さらに、コロンビアとは正反対に、メキシコの経済成長がその勢いを失うことはなかった。NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を背景とした高ボラティリティーの期間においても、米国に新政権が登場して以来、南米通貨の中で、メキシコ・ペソはベスト・パフォーマーの位置を維持し続けたのである(図1)。

図1: 米国の貿易政策は、メキシコよりも、それ以外の南米経済にとっての方が、一段と悪影響であると投資家は考えている

しかし、メキシコの景気拡大にも、次期フェーズの到来が予想されている。金融引き締め政策を背景に、メキシコの利回り曲線は逆転現象(逆イールド化)が見られており、前年比のGDP成長率はマイナスに転じている(図2)。さらに、その逆イールドはここ数カ月でその度合いを拡大していて、深刻な景気後退を将来的に予想させるものともなっている。

図2: メキシコの利回り曲線は景気後退の到来を示唆している景気後退は、既に始まっているのか?

メキシコを始めとする南米諸国の今後数年の景気動向は、以下を含む、いくつかの状況次第となる:

  • 国毎に程度の差はあるが、中国への資源輸出に対する依存度
  • 米国と欧州の景気サイクルに対する露出度
  • 債務やその維持費など、国内の経済要因
  • 中銀の金融政策

図3: チリの利回り曲線は景気拡大の失速を示唆する一方、少なくとも現状、景気後退を予想させるものとはなっていない

図4: コロンビアの利回り曲線は成長スピードの失速を示唆している

現状の好材料は、ブラジルやチリ、コロンビアの利回り曲線が景気後退を示唆していないことである。チリとコロンビアの利回り曲線は、景気の拡大スピードにおける若干の減速を(図3、4)示唆しており、2014年⁻16年の景気後退から完全に回復していないブラジルに関しては、その一方での緩慢で継続的な景気回復が示唆されている。但し、この3ヶ国はいずれも、中国への原材料輸出に大きく依存している。従って、その経済や通貨の動向は、中国次第という面が強い。

図5: ブラジルの利回り曲線は、景気後退からの回復ペースが非常に遅々としたものであることを示している

2014年⁻16年に中国経済が失速し、それを背景とした商品価格の暴落の影響をメキシコが回避できたのは、単純な理由による:商品輸出国としてメキシコは、それほど上位に位置する国ではないのである。反対に、その輸出のほとんどは製造品が占めている(図6)。さらに、メキシコの輸出のほとんど(73%)は米国向けであり、5%はカナダ向けとなっている(図7)。中国向けは、2.1%に過ぎない。従って、メキシコにとって中国は、競争相手としての意味合いがより強く、同時に、パートナーとしての関係が継続的に深まっている国なのである。中国からメキシコへの投資資金は増加を続けていて、その一部は、米中の長期化している貿易争議を背景としたものとも考えられる。中国製品に対して米国が10-25%の関税を課していることから、これを回避するため、中国に置かれている生産機能はインドネシアやフィリピン、ベトナムへの移転を進めていると見られている。そんな中、生産拠点としての確固とした基盤があり、労働コストが安く、米国の隣国であるという地理的条件もあって、代替えの選択肢としてメキシコは魅力的な国となっている。

図6: その他の南米諸国に比べ、製造業経済であるという意味で、メキシコは異なる

図7: メキシコの巨大輸出市場: 米国

2009年末から始まった米国経済の長期拡大によって、その隣国であるメキシコは恩恵を受けてきた。ただ、米国中銀とメキシコ中銀が金融引き締めに踏み切るなか、与信(クレジット)の拡大に関しては厳しい状況となっている。どんな形にしても、米国経済の成長スピードが失速すれば、それはメキシコ経済にとっての悪材料となる。その意味では、米国における金融政策の引き締め度合い、そして同国の利回り曲線が示す平坦化の度合い、2017年末に実施された減税の効果が希薄化していること、さらに足元の貿易戦争など、3%ほどとなっている米国の成長率が1-1.5%近くまで失速したとしても、大きな驚きとはならないのが現状である。そして、実際にそうした事態となれば、メキシコには悪材料となる。

ここで重要となるのは、米国の与信(クレジット)スプレッドである。利回り曲線の形状は、既に判断を示している: メキシコと米国の景気は著しい失速に向かっている。利回り曲線が長期的(1-2年先行する)指標である一方、短期の指標としては、クレジット・スプレッドが最も有効な指標とされている。米国でのクレジット・スプレッド拡大は、メキシコにとっての悪材料となる。現状まで、スプレッドは過度の拡大に至ってはいないが、メキシコの資産動向を見ていく上では注視を続けるべきである。

本稿シリーズの「クレジット・スプレッド」関するレポートを参照

メキシコの例に反して、南米の主要経済圏は、その大部分を資源や農業製品の輸出に依存している。さらに、ブラジルやチリは特に、中国への輸出依存度が高い(図11、12)。一方で、コロンビアの輸出市場は多様なものとなっている(図13)。

図8: チリの輸出のおよそ半分は、銅が占めている

図9: ブラジルの輸出の55%は、資源と農産物が占めている


図10: コロンビアの輸出の82%は、農産物と資源である

図11: アジア諸国全体が米国に依存するよりも過度に、チリは中国への輸出に依存している


図12: ブラジルは、アジアからよりも、米国から受ける影響の方が大きい

図13: コロンビアの輸出市場は多様化している

中国と南米諸国

南米諸国に対する中国経済拡大の影響を考えるには、中国経済の拡大を捕捉するための適切な尺度を選択する必要がある。中国政府が発表する公的GDPは、南米諸国による主要商品の輸出に関する将来的な状況を考察する上で、あまり役に立たないからである。経済が多様化の度合いを高める一方で、中国のGDPは過去7年間、6.2%から7.2%のレンジに終始し、驚くべきことに、コンセンサスから乖離することが稀であるなど、非常に安定的な推移を辿っている。

中国首相の名を冠した「李克強」指数は、中国経済の成長を前提として南米諸国の動向を予想していく上で、より有効な尺度である。この指数は、3つの要素から構成されている:電力需要と銀行貸し出し、そして鉄道輸送量、それぞれの変化である。指数は、中国の製造業の成長にあるばらつきが、はるかに大きいことを示している(図14)。サービス業ではなく、中国の製造業とその成長こそが商品需要の主体であり、商品価格の動向を左右するのである。その動向は、銅やコーヒー、綿花、砂糖、大豆、大豆油を含めた南米諸国の主要輸出品のほとんど、さらにはそれぞれの国の通貨の動向と高い相関性を持っている。さらに、この中国の経済成長に関する代替え的な尺度は、1年先行する形で、南米諸国の通貨や輸出商品の価格動向を示唆する傾向が強い。

図14: 「李克強」指数は、電力消費、銀行貸し出し、鉄道輸送量で構成されている

従って、中国経済がどの程度の失速を見せるかは、南米諸国の通貨の動向に大きく影響する。本稿では、米国の関税措置によって、中国のGDPは0.5%超下押しされると試算している(一方、米国のGDPに対しては0.1%、0.2%ほどの押し下げ要因に過ぎない)。中国にある生産拠点の移転によるメリットを享受する可能性が高いメキシコを除いて、その他の南米諸国がこの貿易争議から好影響を受ける可能性はほとんどないと言える。ただ、そのメキシコの通貨であるペソにしても、間接的に、または競合通貨の動向によって、実際には中国の成長スピードから影響を受けていると見られる。

図15: 中国製造業の成長動向は、南米諸国の通貨や輸出に大きく影響する

貿易戦争の影響を緩和することに関して、中国は多くの方法を有している。国内の与信拡大を促進するため、中国は比較的正攻法とされる銀行の準備金比率の引き下げをこれまでも実行してきたし、南米諸国の輸出は総体的に、これによる好影響を受けてきたと考えられる。一方で中国は自国通貨の下落を容認してきており、市場は中国元の一段の下落を見込んでいることから、南米諸国の通貨についても軟調推移が見られている。

さらに、貿易戦争を別にしても、中国経済には課題が多い。債務が過剰な水準に達していることから、刺激策に対する中国経済の反応は鈍いものとなっている。また、2030年までに、中国の労働人口は現状から5%縮小すると予想されている。商品需要の拡大スピードが減速すると考えられ、南米諸国による工業用金属の輸出に関しては特に、悪材料となる。鉄鉱石(大豆に次ぐブラジル最大の輸出品)の世界的な生産量は1994年以来で3倍、銅(チリの主要輸出品)は2倍以上に達している(図16)。こうした資産に投資しているとすれば、貿易争議や債務、または人口構成の変化を背景に中国経済が継続的な失速を見せた場合、損失が生じる可能性もある。

図16: 銅/鉄鉱石に対する中国の消費意欲は続くのかもし中国ではないとすれば、何が要因となるのか?

債務と南米諸国

1980年代初め、「ラテン・アメリカ(南米)」の「債務」が市場を震撼させた。債務危機はこの地域に10年に及ぶ景気後退をもたらし、2000年を過ぎるまで、完全な回復には至らなかった。好材料は、アルゼンチンを除いて、現状、南米諸国の債務は自国通貨建てであることから、1980年代の様な通貨暴落に対する耐性が相対的に高まっていることである。但し、日本や欧州、米国の状況を見ても明らかなように、「自国通貨建て」であることで「債務には問題がない」ということにはならない。

その意味では、南米諸国の中でのメキシコのユニークさは、強固な生産基盤を有していること、米国に隣接していること、商品輸出に依存していないことに留まらない。メキシコの公的部門と民間部門の債務は、世界でも最低水準なのである。この観点からは、景気が失速するシナリオでは、メキシコが有利な立場であるとも考えられる。財政や与信状況を緩和的にすることで、メキシコは公的部門と民間部門の債務水準を拡大することが出来るのである。債務水準が非常に低いことから、メキシコにとって与信拡大を促すことは、比較的容易であるとも考えられる。  

これは、コロンビアや、特にチリやブラジルなど、債務水準が高い国々に関して想定されるシナリオの対極に位置するものとなる。それでも、チリは金利水準が低い(政府の借入金利は、期間にもよるが、1.5%から2.4%)ことから、高水準の債務の維持が可能となっている。さらに、同国の自国通貨建て債務では、期間10年も珍しくない。一方でブラジルに関しては、3年を超える債務は稀であり、政府の借入金利は5.5-6.5%となっている。年金改革によって膨大な財政赤字の拡大に歯止めがかかるとの期待から、ブラジル・レアルは夏の初め、上昇する場面を見せた(図18)が、債務水準の高い状況が今後数年間は続くのであり、輸出の拡大スピードが鈍化、または縮小に転じれば、その期間は一段と長期化することになる。

図17: 短期債主体で膨大なブラジルの債務は、その維持負担も大きい

2020年代の初頭を考えると、経済成長では緩慢な状況が想定され、場合によってはマイナス成長もあり得るなど、南米諸国にとっては総体的に難しい局面が予想される。中国と米国の景気拡大スピードが減速する可能性が高く、南米諸国の地域の輸出品の多くに関しては、輸出の拡大スピードが抑制される状況が想定される。そして、その失速分を欧州が補完するとは考えにくい。

図18: ブラジルの財政赤字は依然としてGDPの7%であるものの、年金改革を背景に縮小している

実際に輸出の拡大スピードが失速したとすれば、南米諸国にはその影響を相殺する手段もある。北の隣国に比べ、ブラジルやチリ、コロンビアやメキシコの中銀にはいずれも、伝統的な方法(政策金利の引き下げ)で金融を緩和する余地が残されているのである。メキシコに関しては財政支出を拡大する余地も大きく、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領がこれを積極的に活用する可能性も高い。チリとコロンビアに関しても、財政刺激策の余地があると言える。一方で、直近の年金改革で財政赤字を軽減し、投資家の信頼を回復する姿勢を強くしているブラジルは、同様の刺激策を採用しにくい状況にある。

財政と金融の緩和は、対米ドルで、こうした国々の通貨の下落を促しやすい。チリやコロンビアのペソ、さらにブラジルのレアルが下落したとしても、米政府は問題視しないと思われる。但し、年間の対米貿易黒字が1250億ドル規模となっているメキシコのペソが下落したとしたら、話は異なる。NAFTA再交渉は貿易格差の縮小を目的としたものだったが、既存事項に対する変更は小さなものに留まったため、メキシコ・ペソの下落はいとも簡単に再交渉された条約の影響を相殺すると考えられる。景気後退に直面する一方で、政治的な理由からメキシコが自国通貨の下落を許容しなかった場合、景気後退はより深刻化し、一段と長期化する可能性がある。

結論

  • 最近まで、米国の堅調な消費者需要を背景に、メキシコ経済はアウトパフォームしてきた
  • ブラジルやチリ、コロンビアは、商品の輸出と中国の需要に依存している
  • 米国とメキシコの金融引き締めスタンスは、メキシコ経済を景気後退に追い込む可能性がある
  • ブラジルやチリ、コロンビアの経済成長は、2019年末、2020年初めに減速する可能性が高い
  • 中国経済の減速は一方で、南米諸国の輸出拡大にとって悪材料となる可能性が高い
  • この4ヶ国は揃って、金融緩和政策に大きな余地を残している
  • メキシコには財政政策の余地もある一方、ブラジルが財政拡大に踏み切るのは難しい
  • メキシコ・ペソが下落したとすれば、米政府はこれを問題視すると考えられる

 

免責事項

本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。

 

著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

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