米金利の上昇は米財政赤字の拡大にどう影響するか?

2016年以降、米国の財政赤字は国内総生産(GDP)比2.2%から4.5%に拡大した。失業率が上昇しているのであれば、赤字拡大は珍しくない。しかし、失業率は低下し続けている。景気拡大がかなり進行した段階での赤字拡大は、ほぼ前例がない。

図1 米失業率は1969年以来の最低水準に(しかし、財政赤字は異常に拡大)

1983年以降、米国は4回の雇用改善期(失業率が低下している期間で定義される)と3回の雇用悪化期(失業率の上昇を特徴とする)を経ている(図1)。普通、雇用改善期には財政赤字が縮小する。雇用増は納税者の増加と公的扶助受給者の減少を示唆するからだ。事実、米国経済で雇用が増加した1983年1月から1989年3月まで(図2)、1992年7月から2000年12月まで(図3)、2003年6月から2007年4月まで(図4)の間、財政赤字は縮小した(青線の部分)。それは今回の雇用改善期でも2009年11月から2016年末までは当てはまる(図2~4の黒線)。

図2 80年代の雇用改善期に財政赤字は対GDP比5%から2.5%に縮小

図3 1993年増税のおかげで2000年までに対GDP比5%の赤字が2%の黒字に転換

米国の財政赤字は2009年末の対GDP比10%から2016年には2.2%に縮小した。ところが、今回は短期金利が低い水準のままである。さらに、長期金利が低下した。その一因として挙げられるのが、財政支援がほとんどないなか、景気回復を促進する役を担ったのが米連邦準備理事会(FRB)であったことだ。2011年の予算管理法で米政府の歳出は、かなり抑制された。また、2012年末には2001年、2003年、2009年に制定された減税措置が一斉に期限切れとなり、2013年1月1日には実質的に増税となった。こうした財政的逆風のなか、景気の拡大維持を担ったのがFRBの低金利というわけだ。しかも、赤字縮小によって、30年物米国債の利回りは2009~10年の4.0〜4.7%圏から2016年には2.2〜3.2%圏に低下した。こうして低水準の長短金利が経済成長を促進し、財政引き締めによる逆風を十二分に相殺したのである。

図4 2003~07年の改善期では、財政赤字は対GDP比4%から1%に縮小

ところが、今や経済成長を煽っているのは、減税と政府支出急増による財政政策だ。しかも、財政赤字が増加したことで、金利が全般的に上昇した(図5)。そして、財政政策によって景気刺激の重荷からいくらか解放された金融政策が利上げを始めた。しかし、利上げは財政赤字をさらに拡大させる恐れがある。米国債が満期を迎えると、より高い金利で再発行をする必要があるからだ。したがって、積極的財政政策で赤字が拡大し、利上げの容認で財政赤字がさらに拡大することになる。 

図5 2010年から16年にかけて赤字は縮小し、金利は低下。しかし、この傾向は2017年に反転した

現状規模の赤字で景気が後退に転じたらどうなるだろうか。FRBがうっかり過剰に引き締めてしまい、2020年または2021年に景気後退に転じるリスクが高まる可能性があると考えると、この疑問は特に適切といえる。雇用市場が悪化した過去8回の期間、赤字は1.2〜9.2%の幅で、平均して4%悪化しているからだ(図6)。

図6 雇用悪化が財政赤字を拡大

Budget Surplus/(Deficit) Before and After Recessions
Employment Recession Before After Change
1957-58 0.9% -2.4% -3.3%
1960-61 0.1% -1.2% -1.3%
1969-70 0.3% -2.0% -2.3%
1974-75 -0.4% -3.9% -3.5%
1979-82 -1.5% -5.7% -4.2%
1989-92 -2.6% -5.0% -2.4%
2001-03 2.4% -3.0% -5.4%
2007-09 -1.0% -10.2% -9.2%
Average -0.2% -4.2% -4.0%

Source: https://www.thebalance.com/us-deficit-by-year-3306306 for date prior to 1983;
Post-1983, Bloomberg Professional (FDDSSD and GDP Cur$)

景気が低迷期に入った場合、財政赤字はすぐに現在の対GDP比4.5%から8~10%へと拡大する可能性がある。これが2008年や2009年よりも財政刺激策の実施を難しくするかもしれない。当時、財政赤字は対GDP比1%にすぎなかったからだ。2020年または2021年に景気後退が始まるとすれば、まだ景気後退が始まる前から赤字は対GDP比5%近くになっている可能性さえある。

80年代から90年代初めにかけては、赤字解消に取り組むことが政治の一丁目一番地だった。1986年の税制改革は税収中立であり、減税ではない。1985年に制定されたグラム=ラドマン=ホリングス(赤字削減)法は歳出増を制限した。

おそらく、今の政治が財政赤字の削減意欲に欠けているのは、歴史の教訓によるものであろう。2013年に一連の減税が失効しているが、1990年と1993年の増税が当時の現職議員にとって逆風になったのは明らかである。有権者は赤字削減に努力した現職議員を評価するどころか、増税したことを選挙で罰したのだ。したがって、将来的に待ち構えているのは財政赤字の増加かもしれない。それは結局、米ドルの重石となり、民間部門の投資と成長を抑制する可能性がある。 

差し当たり、オプション市場は財政政策の行方について関心がないようにみえる。米国債オプションは、最近ボラティリティにちょっとした急増があったとはいえ、記録的に低い水準で取引されている(図7)。米国の財政見通しと、そして金利の上昇に伴い、米国株市場と米国債市場の両方でボラティリティが増加する可能性がある。そう考えれば、財政・市場リスクの拡大に直面しても米国債オプションのトレーダーが無関心でいられるか疑問に思うべきであろう。

図7 オプション市場は米国財政の行方について全く関心がないようだ


 

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本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。

 

著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

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