オプションの歪み(スキュー、訳注:各プットとコールのインプライド・ボラティリティから示唆されるリスク認識の偏り)は、ほとんどの市場で、ある意味、自然と現れる。例えば、株価指数先物オプションでは通常、アウト・オブ・ザ・マネー(OTM)プットのほうがOTMコールよりも割高だ。これは投資家が普通、株価の急騰よりも急落を恐れており、上昇よりも下落への備えに、さらに支払おうとするからである。一方、農産物オプションでは逆の歪みが出やすい。例えば、トウモロコシ、大豆、小麦オプションでは通常、OTMコールのほうがOTMプットよりも割高になる。農家が稀にみる豊作で急落を恐れるよりも、食品を仕入れる業者が、こうした作物の暴騰を恐れているからだ。
その点、通貨オプションは株式や農産物のオプションよりも込み入っている。一般的にトレーダーは、ほとんどの通貨が米ドル(USD)に対して急騰するよりも、急落することを恐れる。したがって、主要通貨のうちユーロ(EUR)、英ポンド(GBP)、オーストラリア・ドル(AUD)、カナダ・ドル(CAD)では、対USDオプションでネガティブな歪み(訳注:悲観的な偏り)が出やすい。つまり、OTMプットがOTMコールよりも割高となるきらいがある。ところが、日本円(JPY)とスイス・フラン(CHF)では、逆にポジティブな歪み(訳注:楽観的な偏り)が出やすい。つまり、JPYとCHFでは、OTMコールがOTMプットよりも得てして割高になるのだ。そして、6通貨すべてのオプションで歪度(歪みの度合い)が時間の経過とともに変化する。それを大きく左右する要因が2つある。金利差と政治リスクだ。
本記事では、もうひとつの疑問にも取り組んでいる――「オプションの歪み(リスクリバーサルとも呼ばれる)は当該通貨が米ドルに対して強くなる・弱くなるか示唆する指標として役に立つだろうか?」。例えば、OTMプットが相応のOTMコールよりも極めて割高になった場合、その通貨は米ドルに対して急落する公算が大きいという兆候になるだろうか。それとも、その通貨が売られ過ぎかもしれず、今にも反発しそうな兆候となるだろうか。私たちの分析は、こうした疑問に明確な答えを出しているわけではない。それでも、いくつか役に立つ洞察を提供できるかもしれない。
OTMコールがOTMプットよりも割高になりやすいJPYとCHFの2つは、最低金利通貨である。日本とスイスでともに有名なのは、おいしい料理や素晴らしいスキー場だけではない。異常に低い、時にはマイナスにさえなる金利もそうなのだ。そのためJPYとCHFは調達通貨として利用されることが多い。投資家は何度も日本円やスイス・フランで資金を借りて、より金利の高い国・地域の通貨で貸し付けて、金利差を懐に入れようする。いわゆるキャリーだ。キャリー取引で積み重ねた額が、これら2通貨の相対的上昇で生じた額を上回る限り、収益性があるといえる。しかし、1998年秋以降、投資家が何度も学んできたように、キャリー取引に突如として巻き戻し(手仕舞いの動き)が起きると、調達通貨の価値が急騰して、巨額の損失を被る可能性がある。したがって、JPYとCHFのOTMコールはキャリー取引に従事している人にとって損失補填の役割を果たし得る。そのためOTMプットよりも割高になりやすいのだ。
JPYやCHFのOTMコールがOTMプットよりも割高・割安となる程度は、両通貨と米ドルの金利差と密接な関係がある(図1と図2)。2009年以前のように米国の金利が日本の金利よりもはるかに高い場合、JPYのOTMコールはJPYのOTMプットよりもはるかに割高になりやすい。一方、2009~15年のように米国の金利がゼロに達して日本の金利に近づいたとき、ほとんど歪みはなくなった。そして、米連邦準備理事会(FRB)が金融引き締め策を始めた2015年12月以降、JPY/USDオプションに再びポジティブな歪みが現れた。実際のところ、昨年秋の株価崩落で急激な円高ドル安が生じている(これに仰天した投資家もいただろう。1998年10月に2日で日本円が米ドルに対して15%急騰したときは、まだ物心がつく前だったからかもしれない)。
CHFも似たようなパターンである。2009~15年は調達通貨でなくなり、しばらくの間、CHF/USDオプションにネガティブな歪みが生じることさえあった。しかし、2015年以降、FRBが金融引き締め策を積極的に進める一方、スイス国立銀行(SNB)はマイナス金利を導入したため、再びポジティブな歪みが現れた。ただし、SNBが2011年に突如としてスイス・フラン切り下げ策を講じた記憶からOTMコールの価値は抑えられているのかもしれない。長年のマイナス金利・量的緩和(QE)政策を経てもなお、スイスのインフレ率は、かろうじて0.5%を超えるぐらいである。また、スイスの非常に開かれた経済には、SNB介入前の2010~11年のような質への逃避によるスイス・フラン高を受け入れる余裕が、ほとんどないだろう。したがって、SNBはいかなるスイス・フランの急騰も抑えにかかるかもしれない。少なくともスイス・フランを調達通貨として利用している人にとっては、それが希望となる。
逆にAUDとCADには、ほぼ常にネガティブな歪みがある。ほとんどの場合、投資家は対ドルレートの急騰よりも急落の可能性を懸念しているからだ。ただし、歪度は金利差で異なる。2007~12年は米国の短期金利が相応の豪金利よりもはるかに低く、AUDプットは通常、コールよりもはるかに割高であった。2012年以降、金利差は縮小し、最近では逆転して米ドル金利が豪ドル金利を上回っている(私は生まれて初めて目にした)。FRBが金融引き締め局面に入ったときから豪州準備銀行(RBA)は緩和政策を進めており、AUDオプションのネガティブな歪みは、ほんの少ししかない(図3)。
加ドルも似たような話となる。ただし、2015年以前のカナダと米国の金利差は豪州よりも小さかったため、CADオプションのネガティブな歪みは緩めであった。現在、同様に米国の短期金利がカナダの金利を上回っているため、CADのネガティブな歪みは、ほとんどなくなっている(図4)。
「現在、豪加の短期金利が米国の金利を上回っているのだから、AUDとCADのOTMコールがOTMプットよりも割高になる、つまりポジティブな歪みになるかもしれない」と想像する向きもあるだろう。しかし、それはまだ起きていない。その理由として、米ドルが世界的に依然として準備通貨であり、投資家が高リスク視する資産から質へと逃避する事態では、有利になりやすいことが挙げられる。得てして、こうしたリスク回避や質への逃避があったときは、株価が下落するだけでなく、それに追随してコモディティ(商品)価格も下落する。コモディティ価格の下落は通常、AUDにもCADにも弱材料となる。どちらも天然資源の大輸出国であるからだ。しかも、日本円、スイス・フラン、ユーロといった、より低コストの調達通貨を利用できる。したがって、投資家が積極的に豪ドルや加ドルを借りて、よそで貸すことはないだろう。
ユーロ圏と英国の金利は他4カ国よりも米国に近い。少なくとも最近の金融引き締め局面まではそうだ。したがって、金利差はEURとGBP(対USDオプション)の歪度を左右する要因ではなかった。その代わり、コール対プットの歪度変化で大きな要因となっているのが政治である。2014年のスコットランド独立や2016年の英国EU離脱(ブレグジット)をめぐる国民投票の直前、GBP/USDの歪みは非常にネガティブになった。また、ユーロ圏で急に債務危機が表面化した2011~12年やフランス大統領選直前の2017年にも、EUR/USDの歪みは極めてネガティブになった。
どちらの通貨も通常、対USDオプションでネガティブな歪みをみせている。OTMプットがOTMコールよりもいくらか割高だ(図5)。これもまた、米ドルが世界的に主要な準備通貨として中心的な役割を持つことと、ユーロや英ポンドよりも質への逃避による上昇で有利になる公算が大きいことを反映している。
歪みの変化は通貨投資の将来的見返りについて何か教えてくれるだろうか。極めてネガティブな歪みは売買サインとなるだろうか。極めてポジティブな歪みについてはどうか。それは当該通貨がより強くなる公算大を示唆するだろうか。それとも買われ過ぎで下落する公算大を示唆するだろうか。
これらの疑問に答えるため、歪みを過去2年における程度で0~100に指数化する作業を繰り返し、それぞれそこから3カ月の対USDリターンを出して、比較してみた。したがって、そこには先読みバイアス(訳注:未来のデータを使用した分析)がない。例えば、通貨オプションの歪みが過去2年で最もネガティブであれば、指数は0となる。一方、通貨オプションの歪みが過去2年で最もポジティブであれば、指数は100となる。その結果を10段階に分け、それから3カ月、通貨先物で運用(満期日の10日前に限月を乗り換えて再投資する)したときの成績(2008~19年初めまで)を出してみた。
その結果は複雑なものとなった。CAD、EUR、GBPの場合、オプショントレーダーは大方リスクを正しく予想していた。極めてネガティブな歪みがあったときは、得てして当該通貨の急落が続いた。最も有名な事例がブレグジットをめぐる国民投票だ。一方、極めてポジティブな歪みがあったときは、続いて当該通貨が上昇する傾向があった(図6~8)。
AUDの場合、分析期間では逆に働いていた。平均よりもネガティブな歪みは得てして買いサインとなった。ただし、最もネガティブに歪んだときは、そうではなかった。対して、平均よりもポジティブな歪みは売りサインとなりやすかった。ただし、最もポジティブに歪んだときは、そうではなかった(図9)。
低金利の調達通貨であるCHFとJPYの場合、歪みは将来リターンを示唆する適当な指標とならなかった(図10と図11)。CHFの場合、その一因として異常にポジティブな歪みとなった2011年が挙げられるかもしれない。このときSNBは対EURレートを当時の相場よりも低い水準に制限するという不意打ちを市場に食らわせた。この介入で当時CHFを買い、さらなる上昇を期待していた誰もが極めて大きな打撃を受けた。その後、比べると平均的な歪みで長期間推移して、また最近の平均に比べてもオプション市場が中立的であった2015年1月にSNBが突如、上限を解除したことでCHFは急上昇した。そのため図10は、中央で大きく突出するチャートとなったわけだ。SNBによる異常な介入がなければ、全体的にCHFは、さらにEURとGBPに似通った結果となったであろう。
なお、上記の結果は大きく割り引いて考えるべきである。この手の分析は時間が限られており、過去の平均的な関係が将来も維持されるとは、期待すべきでないからだ。とはいえ、オプションの歪みは、FX・通貨トレーダーが(オプションを取引しない人でさえも)ポートフォリオを管理するときに考慮したいものかもしれない。また、オプションの歪みがどちらか極端な水準に大きくなった場合、トレーダーは特に細心の注意を払ってもよいだろう。
本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。
Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。
Erik Norland(CMEグループ エグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト)によるレポートを さらに見る
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