世界の原油や石油製品市場のニュース報道を読むと、原油価格に関するリスクは上昇方向に、極端に歪められていると思える。実際、石油消費者 – と言うことは、全ての人々— の間では、1970年代の石油ショック、1990年のイラクによるクウェート侵攻、そして2011年のアラブの春などが背景となって引き起こされた供給混乱は、関心の高い出来事である。その意味では、過去10年の石油市場では、OTM(アウト・オブ・ザ・マネー)のプットが同コールに比べて92.5%の時間帯で割高だったこと、さらに、超低硫黄ディーゼル(ULSD、以前は暖房用油と呼ばれた)とガソリンなどの石油製品に関しては約89%の時間帯で割高だったことを指摘したら、一般の人々は驚くだろう。言い換えれば、過去10年間の原油市場では、原油価格の上昇よりも、その下落に対する懸念に対応するため、トレーダー達はより多くの時間を費やしてきたのである(図1、2)。もっと言うと、こうしたオプション市場の歪みは、特に製品市場で、将来的な価格動向に関する非常に有効な逆張り(コントラリー)指標となる場合が多いのである。
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過去10年のエネルギー・オプションにおける価格下落に偏重した歪み(「リスク・リバーサル」とも称される)は、2008年以降、米国でエネルギー生産が急増したという特殊な状況と関係があるのかもしれない(図3)。シェール・オイル革命を背景に米国での生産が130%の増加を見せなかったとしたら、将来的な石油市場の動向見通しに関する確率分布はより均衡、または、価格上昇に偏重していた可能性もある。一方で、米国がエネルギーの主要生産国となるなか、2014年11月から2016年2月にかけて原油価格が暴落した際に顕著となった様に、エネルギー価格の下落リスクは高まりを見せた。残念ながら、2008年8月以前に関しては原油オプションの歪み度合いに関して利用可能なデータが得られていないため、米国での生産増がオプション価格の偏重にどの程度の影響を与えたかを判断するのは難しい。
歪みの度合いは、時間の経過に伴って一貫しているものではないのである。2011年初めには、アラブの春による石油供給の混乱が懸念となり、実際にリビア、シリア、イエメンの石油の大部分が市場から喪失したことによって、エネルギー市場は価格上昇に偏重した形で歪んだ過去もある。また、例えば2011年末、そして2015年・16年、さらに2018年12月、歪みは価格の下落方向への偏重を見せている。それでは、上昇方向への歪みは市場価格が高騰する兆候なのか、それとも、上昇し過ぎた相場が修正局面入りする兆候なのか?同様に、価格下落に偏重した極端な歪みは、将来的に市場価格が一段と下落することの兆候だったのか、それとも、売られ過ぎとなったエネルギー市場が反発上昇を開始する兆候だったのか?
本稿ではこうした疑問に答えるため、歪み度合いを0から100までのスケールで、2年を周期として指数化し、これを(相場動向に関する見通しバイアスを回避するため)その後の3ヶ月間、様々なエネルギー先物で買いポジションを取った場合の結果と比較した。例えば、原油オプションの歪み度合いが過去2年間で最も価格の下落方向に偏重しているとしたら、歪み度合いの指数値は0(ゼロ)となる。反対に、原油オプション市場が過去2年間で最も価格の上昇方向に偏重している場合、指数は100となる。次に、2018年から2019年初めまでの間、限月が取引終了となる10日前にその先の限月にポジションを移行(ロール)させる形で得た先物のパフォーマンスを、3ヶ月毎に区分けしている。
原油オプションは先物のパフォーマンスに対して、ややネガティブな(負の)相関性を示している。しかし、原油オプションが極端なマイナスに偏重した3つの場面(2011年後半、2015年初め、2018年後半)では、その後の3ヶ月間に原油価格は大幅な上昇を見せている(図4)。一方で、より緩やかなマイナスの歪みの多くでは、その後に相場の急落が続く結果となっている。投資家は、どうして原油市場が概して上昇に乏しいのか、不思議に思うかもしれない。これに対する答えの1つとして、過去10年のほとんどの期間、原油市場がコンタンゴ(順鞘、期先限の価格が期近限月のそれを上回っている状態)となっていて、ポジションを期近から期先の限月に移管する際のコスト(損失)が大きいことを指摘できる。移管コストが大きいことは長期的に、原油のスポット価格をベースにした理論上の収益と限月移管を経た実際の先物のパフォーマンスとの間に、大幅な差異を生じさせる(図5)。
ULSDやガソリンなどの石油製品では、こうした差異がより大幅なものともなっている。相場下落に対する平均以上の偏重は、その後のエネルギー製品の価格上昇と相関していることが多く、平均以上の偏重は、製品価格の下落を伴う場合が多い(図6、7)。そのため、オプションではなく先物そのものに取引の焦点を絞っている場合であっても、OTMコール-OTMプットの歪み度合いを認識することは、有用な指標となる可能性がある。しかしながら、こうした分析が常にそうである様に、ここでの結果は過去実績であり、その後の動向変化に対して敏感であり、さらに、2008年8月から2019年4月までの期間についての検証でしかない。投資家としては、ここで示された市場間の関係性が、必ずしも先々において維持されるわけではないことを理解しておくべきである。
本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。
Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。
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