QEは景気回復に貢献したのか?

QE(量的緩和)に関する考察では、その深遠さを紐解くか、それとも最初から諦めるか、二者択一しかない。本稿では、約10年にわたる経緯から、米国、英国、ユーロ圏、日本で、QEがどのような影響を与えて来たかを検証する。景気を刺激することを目的に各国の中央銀行が実施した資産購入プログラムについては、この政策に対して多くの期待や懸念があった一方で、本稿の結論としては、その大部分において、QEが経済成長に与えた影響は実質的に皆無であったと考えられる。従って、QEの終了を恐れる理由はないのであり、このプログラムを通じて膨張した中銀のバランスシートを縮小するため、QEが巻き戻されることについても、それは同様である。 

ただ、そこには1つ、主要な注意点が存在する。米国や欧州の場合とは異なり、日銀によるQEは、おそらくその規模が膨大だったことから(図1)、日本経済の回復に寄与した可能性がある。これに関しては、債券と株式を購入対象とするなど – 日銀がQEの一部を本当に意味ある資産に振り向けたから、とも考えられる。その意味では、日銀がQEを終息させていく段階で、日本経済がどの様な反応を示すかは興味深い。

図1: 中銀によるバランスシートの大規模な拡大の終了は懸念か?

米国の場合

QEは、基本的に7つの段階を経て現在に至っている:FRBは3段階で、主に米国債と高格付けの住宅ローン証券を買い付け、続く3段階でQEを終了している。最後段階は2017年10月以降で、FRBが、対GDP比だけでなく、ドル・ベースでそのバランスシートの縮小に踏み切って以来である(図2)。

図2:三段階のQE、そして現在のQE巻き戻し

2008年に開始されたQE1の影響を評価することは、ほとんど不可能である。当時、FRBがバランスシートを急速に拡大し始めた段階では、多くの出来事が発生し、政策変更も行われていた。例えば、銀行や自動車メーカーの救済、ゼロ金利の登場、景気刺激策の施行などである。また、このとき変更された会計制度で、銀行には、保有資産を値洗い(時価会計)することなく、取得価格で満期まで保有することが可能となっていたのである。QE1を伴わずに、こうしたことが行われたとしたら、どうだったろう? 景気の回復は、その後の様になっただろうか? 少なくとも当時、これに関する確固とした予想はなかった。 

QE1の影響を評価することは非常に難しいので、FRBが景気回復のスピード加速を期待して、2010年後半にQE2を開始したのも致し方なしとするべきだろう。本稿の考察範囲では、景気回復のペースに対するQE2の影響は、皆無だったと言える。ただ、QE2がQE1と間隔を置かずに実施され、その規模も比較的控えめだったことから、その影響を具体的に指摘するのを難しくしているのも事実である。 

結果として、確固とした証左を残しているのはQE3と言うことになる。 QE3は2012年半ばに始まり、2014年の早秋まで続けられた。QE3はQE1とほぼ同じ規模で、前身のQE2から充分な間隔を置いて開始された。一方で、QE3が景気の成長ペースに影響を与えた形跡は全く見られないし、その終了に際しても同様である。FRBは2014年秋にQE3を終了したが、次の3年間、経済の成長ペースは以前と同程度だった。最終的には、FRBがそのバランスシート縮小を始めてから9ヶ月後、経済の成長ペースは加速している。実際には、FRBがそのバランスシートに積み増した債券の量ではなく(図3)、成長スピードの加速は、減税や財政支出がその要因だと考えられる。

図3:FRBのQEが少しでもGDPの成長に影響したとしたら、その解明は単純ではない

ユーロ圏の場合

ECB(欧州中銀)のQEは、FRBのそれといくつかの点で異なる:

  1. タイミング: バランスシートの拡大と縮小の時期はECB独自のものであり、FRBのそれとは時期が異なっている。
  2. 複数国の債券: ECBは、ユーロを通貨として採用している12以上の加盟国が発行する債券を買い入れ対象とした。FRBの場合、購入対象の国債は米国政府が発行したものに限定されていた。
  3. クレジットの質: FRBがAAA級格付けの有価証券を対象としたのに対して、ECBはこれを下回る等級も購入対象とした。

こうした違いがある一方、経済的な影響が明確に見出せないと言う点は同様である。ECBは2008年、大規模なバランスシートの拡大に踏み切り、2009年後半には景気の回復が見え始めた。それでも、この時期の景気底打ちは、QEと言うよりも、財政赤字の大幅な拡大、そして、4.5%から1%にECBが政策金利を引き下げたことによる効果が大きいと考えられる(図4、5)。

そして2011年、ECBは(そうと言及しなかったものの)ある意味でQE2と呼べる措置に踏み切っている。これがユーロ圏の景気回復に貢献したかと言うと、全くしなかった。ユーロ圏景気は不況の二番底(ダブルディップ)に直面していて、ECBの資産購入にも関わらず、国債利回りの格差は爆発的な拡大を見せたのである。ただ、その要因がQE2だったわけではなく、実際には、1)FRBやBOE(英国中銀)とは異なり、ECBは政策金利を0(ゼロ)%まで引き下げていなかったし、さらに、2)バランスシートを拡大する一方で、インフレ圧力への懸念から、2011年には政策金利を2回に渡って引き上げている。

そして2012年、ECBは政策を完全に逆転させる。新総裁に就任したマリオ・ドラギは、スペイン、イタリア、ポルトガル、アイルランドが債務不履行に至らない様、出来ることは何でもすると約束したのである。さらに、ECBは政策金利の引き下げを開始し、これを最終的に0(ゼロ)%まで低下させた。興味深いのは、2012年と2013年の間に、ECBのバランスシートは対GDP比で約30%超から約20%に縮小したことである。これがユーロ圏経済にとって悪影響を及ぼしたかと言うと、実際には全く違って、景気は底打ちし、拡大を始めたのである。

最後に、景気回復が進行中の2014年、ECBは現在に至る大規模な債券購入プログラムを開始した。回復スピードが、これによって加速したかと言うと、端的に言って、しなかった。本稿で考察した範囲では、効果がなかったと言える。その後、2017年、ECBは購入ペースの減速を開始したが、これまでのところ、景気の回復ペースへの影響は見られていない。

図4:ECBは2013年‐14年、バランスシートを縮小したが、景気回復に悪影響はなかった

欧州での明白な教訓は:危機に対しては政策金利を0(ゼロ)%まで引き下げ、低水準で維持すること、である。ECBが2011年に2回に渡って実施した政策金利の引き上げは、バランスシート拡大の効果を希薄化させるものだった。マクロ経済の観点からは、ECBによる資産購入プログラムの終息に際して、また、将来的なバランスシートの縮小に際して、懸念はほとんど見えない。ドイツ国債など、特定の国債の利回りは上昇するかもしれないが、欧州経済にとっては、これも特に悪材料とはならないと考えられる。

図5: 欧州での教訓: 政策金利をゼロ%に引き下げ、バランスシートのことは忘れろ

英国の場合

多くの点で、英国における2008年の危機の経験は、米国の場合に類似している。銀行システムは厳しい状況となったが、中銀は1%以下への政策金利引き下げを速やかに実行し、システムを維持させた。同時に、長期に及ぶ緊縮財政の後、政府は2009年に大規模な財政刺激策を実施している。米国も英国も、ECBが2011年に政策金利を引き上げた後でユーロ圏が陥った様な景気後退の二番底(ダブル・ディップ・リセッション)を経験することはなかった。

また、英国中銀のBOEによるQEは、購入資産の構成の面でFRBの場合と酷似する一方、実施のタイミングは異なっている。BOE版のQE1とQE2は、FRBから約6ヶ月〜1年遅れて実行されており、QE3はEU離脱の国民投票後に開始されている。FRBの場合と同様に、BOEのQE1は、多くの政策変更が行われた時期に開始されたため、評価が難しい。一方、 BOEのQE2とQE3は、GDP成長率の顕著な上昇をもたらさなかった。BOEはまた、2010年と2011年にバランスシートを縮小したが、ユーロ圏の場合と同様に、これによる景気回復のペース減速は見られなかった(図6、7)。

図6:BOEのバランスシート拡大と景気回復の間に、関連性は見られない

全体として、英国の場合も、実質的にQEには効果がなかったこと、また、その終了や巻き戻しにあまり重要性はない、という考え方を支持するケースとなっている。むしろ、重要なのは、政策金利を急速にゼロ%に近い水準まで引き下げ、その水準を維持することの有効性が示唆されていることである。QEは国債利回りを押し下げるかもしれないが、それによる景気改善は見られない。結局のところ、危機が始まってから10年の間、米国と英国の問題は政府の債務コストが過剰になったことでは決してなく、後に改善するものの、民間部門の与信(クレジット)が縮小していたことだったのである。

図7:BOEは2010年と2011年にバランスシートを縮小したが、景気回復は頓挫しなかった

日本の場合:(ある意味)例外的

2000年から2005年、日本はQEで頑なな試みが続けられた。実質的には、次の10年間にFRB、ECB、BOEが実行したのと同様の試みである。日銀のバランスシートは、対GDP比で15%から30%まで拡大したが、景気の停滞は続き、デフレ基調は払拭されなかった。そして2006年と2007年、日銀はバランスシートの縮小に踏み切り、経済は好調さを取り戻すに至る。 

世界の他の国々と同じように、2008年の危機は日本のGDPに大きな影響を及ぼした。日銀は2009年から2012年、軽度のQEで、そのバランスシートを対GDP比で20%から30%に拡大し、これに対応したが、効果はあまりなかった。そして2013年、日銀は急進的な政策に踏み切る。脆弱な国債購入のスタンスを取りやめ、膨大なQEを実施し、バランスシートを対GDP比の30%からほぼ100%まで拡大したのである。経済成長は依然として堅調だったものの、必ずしも加速しているとは言えなかった(図8、9)。ただ、日本のGDP成長率には、人口減少が背景にあることを忘れてはならない。つまり、国民一人当たりの実質GDPは、日本のGDPよりも高いピードで改善しているのである。さらに、日本の長期にわたるデフレ基調は、ほとんど、終焉の時期を迎えている。 

図8:単に規模だけでなく、日銀のQEは(クレジットの質的な)深遠さでも異質

選挙に勝利した安倍晋三首相を受けて、日銀のQEは量だけでなく、質的にも変化を遂げることになる。日本国債(JGB)だけでなく、与信プロダクトまで対象範囲を拡大し、社債や上場投信(ETF)なども購入対象としたのである。その過程で、日銀はQEを成功させる真のカギを学習した可能性がある。それは、重要なのは国債利回りではない、と言うことである。本当に重要なのは、民間部門での資金貸し出し・借入が活発化するか、さらに、民間部門がこうした債務負担に耐えられるか、なのである。 

図9:日銀の大規模なQEは、本当に景気回復に寄与したのか?

この事実は、驚くに当たらない。「必要なことは何でもする」と明言したECBは、加盟国がそれぞれに国債を発行していると言う独特の状況下で、イタリア、ポルトガル、アイルランド、スペインなどの国債購入には消極的だった。同様に、米国の雇用市場に関しては、NFP(非農業部門の雇用件数)の月次変化について、その60%はクレジット(与信)スプレッドで説明することが出来る。このスプレッドが拡大する場合(民間での資金調達が困難、またはできない場合)、雇用市場は悪化する。一方で、スプレッドが縮小する場合、雇用市場は拡大する。両者の関係は至極、単純なのである。

世界規模での同時成長が進行するなか、日銀、ECB、BOEはいずれもFRBを先人とし、QEの終了に向けた動きを追随している。いつかはQEの巻き戻しに入るかもしれないが、これを危惧する必要はない。政策金利が適切な水準(低水準という意味)で維持される限り、資産購入による支援がなくなったとしても、景気回復は続くと考えられる。債券市場は売りに押されるかもしれないが、クレジット・スプレッドが爆発的な拡大を見せない限り、景気回復のスピード鈍化は考えにくい。

とは言うものの、QEが終了しているわけではない。ヒットしたホラー映画のモンスターのように、そこには続編が用意されている可能性もある。FRBが現在のペースで金融の引き締めを続けるとすれば、2010年代末か2020年代初めに、景気は後退期入りするかもしれない。その段階では、QE4への誘惑は強いものとなるだろう。 

一方で、オーストラリア、カナダ、中国、香港、シンガポール、韓国では、債務水準が急上昇している。欧州や米国、日本などでは次のQEに対する意欲が高くないとしても、QEはこれらの国々の中銀にとっては魅力的に映るかもしれない。もしそうなら、過去10年間の経験を振り返り、膨大な量の公的または準公的債務を購入するのではなく、少量の社債とETFを購入することについて真剣に考えるよう、こうした国々の中銀に教訓を伝えることが出来る。クレジットの質的側面を重視し、資産の境目を超えて株式も対象とすることが、国債購入で不必要な逡巡をするよりも、結果的にQEを資金効率の高い政策とするのである。

もしも、中銀として社債や株式の購入が許されていないなら、こうした方策が必要となる場合に備えて、法制面を整備しておくことも必要となる。 

結論

 

  • 10年を経て、QEが景気回復に寄与した証左は見えない。
  • 同様に、中銀のバランスシート縮小が景気回復を鈍化させる証左も見えてこない。
  • 中銀にとっては、社債やETFなどの株式を購入対象とする方が、より政策効率が高いと考えられる。

 


 

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本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。

 

著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

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