中国:貿易戦争の影響は過大評価されているのか?

米中の貿易争議に関する考察の多くは、 報復関税の応酬が中国経済の成長に重要な影響を与えているかについて、証左に乏しいものとなっている。確かに、政府発表による中国の経済成長は第3四半期、6.7%から6.5%に失速した。ただ、この水準は、事前の市場予想を0.1%ほど下回ったに過ぎない。さらに、貨物輸送量や電力消費、銀行融資の拡大状況などを基にした、代替的な成長指標である李克強(中国首相)指数で見ると、実際にはこの指数も失速を示しているものの、前年比で9%近い成長となっており、水準は政府発表よりも力強いものとなっている(図1)。

図1:中国経済の成長はここまで、問題なく、良好に維持されている

一方、ここまで、中国経済に対する貿易争議の影響が大体において限定的であるという事実は、それほど驚くには値しない。第1に、米国による課税の影響は、表面化し始めたばかりである。従って、それが中国の経済指標などに反映される様になるまでには(最速でも)今後数カ月を要すると考えられる。第2に、米国に次いで、世界第二位の規模を持つ中国経済にとって、課されている関税は些細な水準に留まっている。二次的影響を無視すれば、2000億ドルの物品に対する10%の関税は、12兆ドル規模の経済の成長を、およそ0.1%か0.2%ほど押し下げる要因に過ぎない。第3に、どんなに控え目であったとしても、中国は予想される悪影響に対処することが出来るし、実際に対処している。

また、中国経済が明確な耐性を示していることは、商品の生産者にとっての朗報ともなっている。本稿のシリーズで取り上げたこともあるが、農産物から金属、エネルギーに至るほぼすべての商品は、中国経済の成長動向の変化に、遅行するものの、大きく反応する –特に、GDPの代替的な尺度である李克強指数に対して、その度合いが高い。ただし、これを以てして、商品を買い持ちにすることに問題がないと考えるのは、尚早だと言える。中国が貿易紛争の悪影響を相殺するために取っている政策のいくつかは、商品市場の投資家にとって、短期・長期で負の影響を及ぼす可能性もある。 

相殺#1:通貨引き下げ

貿易紛争と新興市場通貨の全体としての軟調推移、この二つへの対応として、中国は自国通貨を引き下げる方向で、慎重に管理している。同国の国家外貨管理局は、突然に不安定化を引き起こすような通貨の切り下げを望んではおらず、もちろん、同国の国際競争力の劣化を望んでいるわけでもない。従って、中国通貨の下げは少しづつ実現する形となっており、4月初め以来の対米ドルでの下落率は、およそ10%となっている(図2)。意図的であるかは別にして、10%の通貨下落は、米国が引き上げた関税水準を完璧に相殺するものとなっている。

図2:慎重な通貨引き下げ

少しづつ、累進的な自国通貨の引き下げは、中国経済にとってリスクが小さい。インフレ率をことさら高める要因となるわけでもなく、資金逃避を誘発するには不十分なものでもある。さらに、諸外国の指導者の懸念を引きつけることなく中国の競争力を若干高める、という有益な効果を期待することも出来る。一方で、同国の消費者にとっては支払い価格がわずかに高くなることから、需要の伸びが鈍化する可能性がある商品の生産者にとって、中国通貨である人民元(RMB)の安値推移は朗報とも言えないことになる。 

相殺#2: 一層のレバレッジ

もしも中国経済が本格的な失速を始めたとするなら、その主要要因は貿易戦争ではなく、債務であると予想される。中国の総債務は2017年、主に経済成長が背景となって、対GDP比で安定する水準となった。しかし、2018年第1四半期、注視するべきペースで、再び増加に転じたのである。第1四半期のGDP成長率は6.7%であったのに対して、債務総額はその倍のスピードで拡大し、同時に、債務のレバレッジ率は、2017年第4四半期の255.7%から261.2%まで上昇した。短期的には、経済成長に対する債務額の拡大はプラス要因となる:ある国の財政支出は他の国の収入、または投資となる。GDPを引き上げる要因となるのである。債務水準が高くなると、追加債務の主要部分は既存債務の借り換え資金となり、レバレッジ率が低かった時点に比べると、経済成長に向けた刺激効果が希薄化する。

図3:債務の安定期は終了:レバレッジは再び上昇へ!

中国の政策は、債務のレバレッジを一段と高めることで経済成長を維持する、という方向で展開されている。9月、中国では減税が実施され、政府支出は一段の拡大を見せた。これを前に、中国の公的債務の増加スピードは、2017年第1四半期から2018年第1四半期の間に45.2%から47.8%に上昇するなど、経済の成長スピードを超えていた。直近の減税と財政支出は、こうした上昇傾向を強調する要因になると考えられる。

さらに、人民銀行(PBOC)の最近の措置は、民間部門の債務におけるレバレッジ上昇を誘発するものになる。2018年初め以来、PBOCは3度に渡り、支払準備率を17%から14.5%まで引き下げている。こうした銀行融資要件の緩和が効果を発揮する前であっても、対GDP比で、2017年第1四半期の45.6%から2018年第1四半期には49.3%まで増加している民間債務に関しては、一段の拡大が促される可能性がある(図4)。  

図4:再開されるお祭り騒ぎ

中国の非金融企業は、前年の借入比率がやや低下したため、レバレッジの上昇トレンドには乗らなかった。それでも、対GDP比での債務水準が164%まで高まると、特に準国営企業など、中国企業の多くにおける支払能力は疑わしいと言わざるを得ない。

これまでのところ、借り手の返済能力に対する突然の信頼失墜を背景に金融危機が発生する「ミンスキーの瞬間」を、中国は回避している。実際、中国にその瞬間が近付いているということでもない。しかしながら、もしも中国がレバレッジを低下させる方向に進まなければ、その瞬間は結果的に、いつか訪れる。

1990年の日本ではそうした信頼失墜が発生したし、当時の同国の債務水準は現在の中国と同等だった。同様のことは、2007年と2008年、米国やEU(欧州連合)でも発生している。現状の中国の場合と異なっているのは、日本や米国、欧州で金融危機が発生した際には、それぞれの中銀が引き締め政策を実行していた期間が先行していたことである。PBOCの場合は現在、金融緩和を実行中であり、こうした金融危機が迫っている状況ではない。インフレ率の高まりが限定的である限り、PBOCは金融システムの信頼を失墜させるような政策の実行を回避すると考えられる。ただ、レバレッジの高まりは結局のところ、将来的な調整に際して、一層の苦痛をもたらすものとなる。さらに、中銀による引き締め政策を伴わなくても、信頼失墜が誘発される可能性はある。

最終的に、将来的な金融危機への対応策は通貨の切り下げであり、危機の度合いが高ければ、対応する切り下げの度合いも高いものになると考えられる。最終的な失速/通貨安は商品市場に衝撃として攪拌すると考えられ、商品輸出国の通貨に大きな影響を与えることになる。

結論

  • 中国経済の成長にはここまで、貿易戦争の影響が表面化していない
  • 4月以来、対米ドルで10%の下げとなっている人民元による相殺
  • 軟調推移の人民元は、中国の商品需要を後退させる
  • 第1四半期、中国の債務はGDPの2倍のスピードで拡大
  • 債務比率は、2017年第1四半期の255.7%から、2018年第1四半期に261.2%まで拡大
  • 民間債務は2017年第1四半期から2018年第1四半期に、45.6%から49.3%まで拡大

 

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著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

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貿易戦争と商品

中国の経済成長は、米国との貿易戦にもかかわらず、顕著な減速兆候を示していない。ただ、石油から銅、油糧種子の主要消費国である世界第2位の経済大国の動向は、商品市場や商品輸出国の通貨に波及する可能性がある。先物やオプションは、こうした不確実性から投資ポートフォリオを護る、安全なツールとなっている。

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