新興国通貨市場にある光明

現状の経済環境は、2008年の通貨危機との類似が少ない一方、1997から1998年のアジア通貨危機との類似が多い。例えば、2008年当時とは異なり、欧州の銀行は債務を清算し、そのレバレッジも低下している。また、住宅市場でバブルが発生しているとすれば、それは例えば豪州、カナダ、スカンジナビア諸国であり、米国やアイルランド、スペインなどではない。現状は、1990年末の様に、テクノロジー株の暴騰と新興国通貨の暴落が、同時発生しているのである。

1997年6月のタイ・バーツ暴落は、その後1年半をかけてその他のアジア通貨にも暴落を波及させ、1998年の夏にはロシアに、そしてその先へと波及範囲を拡大していくことになった。現状の新興国通貨では、アルゼンチン・ペソとトルコ・リラが暴落の先陣を切っており、その他はこれに歩調を合わせる動きとなっている(図1、2)。 

図1: 対ドルでのトルコ・リラとBRIC通貨の下落

図2: 年初来では、メキシコ・ペソが例外となっている

メキシコ・ペソを除き、新興国通貨は対米ドルで年初来の下落となっていて、米ドル金利の上昇がその背景として指摘される一方、新興国通貨は、それぞれの経済事情とリスク要因を抱えている。2018年がもし、1997-98年の様な新興国通貨危機の発端となるとすれば、通貨下落の要因とその結果としての経済環境は、それぞれの新興国によって大きく異なると考えられる。本稿では、こうした環境のなか、新興国通貨の相対的なパフォーマンスと動向を見る上では、以下の3つのポイントがあると考えられる:

  • 債務と債務維持コストの比率
  • 海外資金への依存度
  • 危機の種類: 債務デフレによる景気後退、またはハイパーインフレ

ここでは、8つの新興国通貨について、 – BRL(ブラジル・レアル)、CLP(チリ・ペソ)、RMB(中国人民元)、INR(インド・ルピー)、MXN(メキシコ・ペソ)、RUB(ロシア・ルーブル)、ZAR(南アフリカ・ランド)、TRY(トルコ・リラ)、– こうしたポイントを考察していく。

債務と債務維持コストの比率

一般に、債務のレバレッジが高いほど、ショックに遭遇した際の金融システムの脆弱性も高い。総体的な債務規模は議論の対象として興味深いものの、債務の種類や金利水準もまた重要である。平均的な債務期間が短期である場合、さらに金利が高い場合、債務危機を発生させる可能性は低いと言える。

新興国の中でも中国は、対GDP比で250%に達するなど、債務規模が大きい。反対に、メキシコやロシアの債務は小規模である(図3)。しかしながら、こうした数値は、もっと深い所にある課題を隠蔽している場合もある。第1に、金利水準が大きく異なることから、債務の維持コストもまた、それぞれの国々で大きく異なる。その意味では、債務のほとんどを2.75%から7%で維持している中国は、例えばブラジルやトルコの様に、債務比率は低い一方で、高金利となっている国々に比べ、債務の維持コストは低いことになる。

図3: どの国の債務も、危機を誘発する水準には達していない

ただ、債務コストに関しては、金利負担はその一端に過ぎない。債務の償却もコストであり、これは、債務を償還(返済)するまでの期間を指し、いつまでに債務を返済しなければならないかと言うことである。先進国の平均的な返済期間は通常、6年から8年となっている。それに対して、例えばメキシコやブラジルなど、高インフレの歴史を持つ多くの新興国では、5年超の債務は稀である。従って、こうした国々の平均的な債務期間は大方、2年から2年半と考えられる。一方、中国やインド、ロシアなどでも10年を超える債務は極めて稀で、大方は4年から5年と考えられる。長期債務に関しては、新興国の中で資本市場の整備が最も進んでいる南アフリカは特異な存在で、同国の債務期間は先進国とほぼ同等の長さとなっている。

こうして見てくると、債務維持コストが高いのは、ブラジル、中国、トルコと言うことになる。債務ショックの影響から最も遠い存在はチリ、メキシコ、そして両国程ではないもののロシアであり、こうした国々の上にインドと南アフリカが位置する構図となる(図4)。ここで、ブラジルとトルコが最近、金融危機を経験した一方で、中国がそうした状況に至っていないのは興味深い。中国が債務危機を回避している背景には、同国の債務の管理方法が大きく影響している。

図4: ブラジル、中国、トルコなどは、債務維持コストが最も高い

海外資金への依存度

中国が、膨大な債務とその維持を可能にしている背景には、豊潤な国内の貯蓄によって海外資金への依存度が限定的となっていることがある。この現状は、タイで1997年、自国通貨の暴落を契機に民間部門の膨大な債務が危機的状況に陥ったのと同様の状況を呈しているトルコの現状とは、大きく異なる。

一方で、中国の民間部門の債務のどれくらいが外貨建てになっているかを正確に把握するのは難しい。しかしながら、ここでは2つの指標を指摘しておきたい。中でも信頼性が高いのは経常収支バランス(図5、6)であり、もう1つは、信頼性は落ちるものの、政府の財政赤字である。

図5: 中国とロシアは海外資金の依存度が低い:依存度は、トルコ、南アフリカが最も高い

膨大な貿易赤字を抱える国は、これを海外から資本を借り入れることで賄うことになる。個人による資産保有権と法制度が完備され、強い経済を維持している国には海外資本が集まることから、経常収支では貿易赤字が相殺される。ただ、強い経済では弱い経済よりも消費性向が高くなることから、輸出よりも輸入が多くなり、経常収支が赤字となることは自然の成り行きでもある。米国についてはさらに:貿易と経常収支赤字について、米ドルが基軸通貨(外貨準備の主要通貨)であることが指摘できる。基軸通貨であることは、世界の政府や企業の多くが国際的な商行為や決済で米ドルを必要とすると言うことであり、米国はこうした背景から、米ドルを比較的低コストで、長期的に調達できる立場にある。もちろんこうした環境は、トルコ・リラなどでは全く異なる。新興市場では、膨大な貿易赤字と財政赤字を通常、継続することは出来ない。そして、継続できないものは、不可避的な終焉を迎えることになる。一方、指標としての財政赤字は、例えば中国などの場合、必要であれば国内の豊潤な貯蓄に依存することも可能であり、信頼性が幾分か低くなる。 

図6: 中国は税制赤字の補填が可能な一方、ブラジル、南アフリカには課題が残る

税制赤字に関しては、対GDP比で7%の規模に達しているブラジルが特異な状況となっている。ブラジルは、西ヨーロッパや米国でも長期的に維持することが難しい規模の赤字を、増税に踏み切ることなく、財政支出の拡大を失速させることなく、維持している。同規模の赤字を長期的に維持しているのは、ゼロ金利と豊潤な国内資金に裏打ちされた日本だけである。そして、金利水準が7%、さらに海外資本への依存度が高いブラジルの状況は、日本とは全く異なる。

危機の種類: 債務デフレによる景気後退、またはハイパーインフレ

通貨危機とは、その国の金融バランスを維持する能力に対する市場懸念の表れ、と考えることができる。通常、こうした懸念は債務(公的+民間)の過剰拡大、維持不可能な債務コスト、さらに、ときとして、債務の外貨建て比率のバランスや経常収支の赤字額を背景に表面化する。

表面化した通貨危機の終息では、債務者と債権者、双方の苦痛が必要となる。多くの場合、債権者は債務の削減、さらには債務期間の延長を受け入れることになる。債務国自身も、金利を引き上げることによって海外債務や財政赤字の縮小を図り、政府支出の縮小と金利上昇を受け入れることになる。状況の回復は、財政と経常収支の赤字が軽減され、債務が再構築された段階で始まるものの、そのプロセスは苦痛を伴う。 

債権者、債務者、そして政府が厳しい選択から目を背けようとするなら、危機は次の2つの結末に向かって、一段と悪化する可能性が高くなる: 債務インフレによる景気後退、またはハイパーインフレである。1930年代の米国や1990年代の日本、そして最近の事例ではギリシャの様な債務インフレによる景気後退は、銀行破綻や景気の悪化、賃金の低下を伴う消費の弱体化、そしてこうした状況を背景とした銀行の破綻、、、という景気の悪化スパイラルを形成して行く。これに対する政策対応は、国によって、状況によって異なるが、必ずしも自国通貨の平価切り下げを伴うものではない。

また、新興国市場の場合、債務インフレによる景気後退は稀であり、多くは、ハイパーインフレによる景気後退に至る。金利引き上げや増税、財政支出の縮小などを通じて、維持不可能な状態に陥っている海外債務に対応するよりも、新興国の指導者は自国の中銀に対して緩和的な政策スタンスを強要し、海外債務を維持しようとする場合が多いのである。そして、こうした措置は結果的に、インフレを加速させることになる。賃金や物価を管理することでインフレの上昇を抑え込もうとすることは、物資の不足を招くことになり、非公式(ブラック)市場でハイパーインフレーションを発生させる。1930年代のドイツや最近の例ではジンバブエやベネズエラなどが、ハイパーインフレーションの典型となっている。1970年代中頃には、米国も短期間、価格統制を試みた時期があったが、これもうまくはいかなかった。 

税金と財政支出に加えて、考慮するべきもう1つのポイントは実質金利である。2018年9月13日までのトルコの様に、インフレ率を下回る水準で中銀が実質金利を維持するなら、引き締めが充分であるとは言えないことになる。2008年の金融危機を経て米国が直面した様に、実質金利がマイナスになるのは、債務デフレに伴う景気後退の論理的な結果である。しかし、先進国市場がディスインフレ(デフレ)圧力を受け、金利がマイナスに落ち込むのは、同様のことが新興国市場で発生する場合に比べて、極めて実務的なものである側面が大きい。

図7: 実質金利のマイナス化は、インフレ圧力を抑え込む意欲が中銀に欠如していることを示唆する

通貨毎のリスク要因

BRL – ブラジル・レアル: 財務リスクと政治リスク

2018年10月末の大統領選が終了するまで、ブラジルでは全てが動きを止めることになる。この戦いに勝利した新大統領は、対GDP比で7%に達する膨大な財政赤字、そして過剰な水準に達している公的・民間債務に直面する(図8)。こうした問題への対応は結果として、政府の税収を高める一方、その支出を削減させることになる。ブラジルでは、政府支出の削減は公務員年金制度や補助的資金供給の改革を意味することから、国民の不評を買う可能性が非常に高い。それでも、新政権がこうした改革に断固とした姿勢で臨めば、レアルが為替市場で最終的に強気化する状況も考えられる。さらに、政府が財政支出を抑制する一方で税収が増加するなら、経済活動と共にインフレの上昇スピードが失速すると考えられ、中銀に政策金利を引き下げる余地を与えられる状況も想定できる。そうならば、債務の維持コストも低下し、財政の引き締めに伴う悪影響も軽減されることになる。

図8: ブラジルの公的、民間の債務は過剰な水準であり、その拡大スピードも速すぎる

一方で、新政権がこうした対応に踏み切れなかった場合、もしくは差し迫った課題への対応を怠った場合、ブラジルの財政は継続的に悪化し、その通貨や債券は、市場の信用を喪失する場合も考えられる。財政赤字への対応を拒むことは同時に、ブラジルの中銀から政策金利の引き下げる余地を奪うことになり、債務の維持コストに関する軽減は達成されないことにもなる。

一方で、ブラジルの債務問題には明光もある。中銀はここまで、インフレを抑え込むことに成功しており、政策権限に関しては政府からの干渉を受けていないと見られている。これが続く限り、中銀は、ブラジル経済がハイパーインフレに落ち込む状況を回避できると考えられる。一方で、新政権が中銀に介入するとすれば、ブラジルがハイパーインフレへの道を辿る可能性は高くなり、同国が1980から1994年に何度も経験することになった苦痛が、再来することになる。

CLP – チリ・ペソ: 民間債務に関するリスクも指摘され、商品価格に対する露出もリスク/中国の需要動向

今年、対ドルで軟調推移となっているチリ・ペソは、その他の通貨と歩調を合わせていると同時に、同国の主要な輸出品である銅の価格が値下がりしていることも、その背景となっている(図9)。同国に関する朗報は、信頼されている中銀の下で、インフレが圧力となっていないことであり、公的債務が対GDP比で20%ほどの低水準で維持されていることである。一方で、民間部門の債務が非常に高水準となっていることから、経済活動が失速した場合、企業破綻が問題となる可能性が高い(図10)。将来的な輸出状況については、世界で産出される鉱物の40-50%を消費する中国の経済成長に依存している。

図9 チリ・ペソは銅価格との連動性が高い

図10: チリの公的債務は低いものの、民間部門の債務は高め

中国人民元: 債務デフレによる景気後退リスク

中国の主要な課題は、その巨額債務への対応である。ただ、その対応において中国がその他の新興国と異なるのは、海外資金への依存ではなく、同国の債務が同国内の豊潤な貯蓄によって支えられている点である。しかしながら、日本や西欧、米国で、自国通貨建ての債務が暴落したのは、公的+民間債務の水準が対GDP比で225%を上回り、その後の急速な経済成長の鈍化を受けてのことだった。現状、中国の総債務はGDPの257%に達しており、10年前から120%の増加を見せている(図11)。

図11: 国内資金で賄われているとは言っても、中国の債務は大きな問題であり、成長の足かせである

ここまで、日本や西欧、米国で発生した様な、突如として金融システムに対する懸念が高まる「ミンスキー・モーメント」は、中国では発生していない。これに関しては、2つの背景が考えられる。第1に、中銀の政策金利は2.76%と、依然として低水準である。1990年に危機が発生した日本の場合、当時の金利は8%近い水準にあった。2007年と2008年の西欧や米国の場合、政策金利は4.5-5.25%の水準だった。中国の債務は、金利水準が低位である限りにおいて、維持可能であると考えられる。ただ、その意味では、低金利環境によって債務が一段と拡大する場合も考えられる。

中銀である人民銀行は金融政策を比較的緩和的なスタンスとしており、米国中銀が引き締めスタンスにあることから、人民元に対して米ドルが強含む状況となっている。ここで、人民元が受ける為替市場の圧力に関しては、中国の公式外貨準備の推移が指標となる。準備高が3兆ドルを下回るとすれば、中国は人民元の平価引き下げに踏み切る可能性がある。 

第2に、中国経済の成長が失速しているとは言っても、中国経済は全体として、堅調さを維持している。良好なスピードで経済成長が続くのであれば、累積債務を維持するのに必要なキャッシュ・フローも確保される。リスクは、中国経済が本格的な減速傾向に転じると同時に、債務が拡大を始めた場合である。中国市場に対する突発的な懸念(「ミンスキー・モーメント」)が生じやすい環境となり、懸念がスパイラル化し、補強される形で、市場への信頼が時間の経過と共に崩壊していく状況も考えられる。

その意味においては、貿易戦争もリスクとなる。税率が高いほど、そして対象となる物品の範囲が広いほど、中国の経済成長に対する負荷は大きくなる。もちろん、中国には貿易戦争の影響を低減させる方法もあるが、どれもあまり好ましいとは言い難い。中国政府は9月、減税を実行している。これによる景気の浮揚効果はある程度期待出来るものの、長期的には公的債務を増加させていることになる。財政出も同様で、長期的な財政負担を犠牲にした短期的な景気浮揚策となる。 

一方で、中国政府は、債務に対するレバレッジを低下させるとしている。ただ、実際には、このレバレッジ低下計画は、正確に言うと債務の管理計画に過ぎない: シャドー・バンキング・システムから公式の銀行システムに債務を移管することで、非銀行系企業の債務を軽減する一方、公的債務を増大させるものとなっている。

また、通貨は、中国が直面する大きなリスクでもある。対ドルで軟調推移を続けている人民元は、一方で、その他の通貨に対しては上昇していて、これによって中国の競争力が後退し、成長が鈍化する可能性がある。

ハイパーインフレのリスクはないと言っていいかもしれないが、債務インフレに伴う景気後退のリスクはある程度見込めることになる。景気の拡大スピードが鈍化し、中国市場に「ミンスキー・モーメント」が発生するとすれば、中国が自国通貨の平価を切り下げるリスクは格段に高くなる。現状、中国の外貨準備高は安定していて、通貨切り下げの可能性は低い。しかし、そうした事態が次の5年間に発生する可能性は、格段に高いと考えられる。こうした最終的な状況については、人民元をフロート(変動相場制に移行)させることで、その影響が緩和されることも考えられる。もしも、中国経済の成長が失速し、さらに人民元の平価が引き下げられるとすれば、注視するべきなのは中国以外の新興国通貨であり、プラチナなどの白金族(PGM)を始めとする工業用金属、エネルギーや農産物などの価格である(ただ、多分、金価格はその限りではないと思われる)。

INR – インド・ルピー: 危機のリスクは低い

新興国の中で、インドは特異な存在である。ブラジルやチリ、ロシアなどとは違って、インドは商品の輸入国であり、輸出国ではないからである。 この背景は、中国と同様の状況をインドにもたらしている。ただ、中国とは違って、インドは非常に高水準の民間債務を抱えている。もちろん、公的部分の債務に関しても、過剰であると言える(図12)。こうした中、新興国通貨としてのルピーは例外的な安定推移を呈しており、その他の同種の通貨の様に、極端な動きが予想される状況にはない。しかしながら、インドも国際情勢から影響を受けないわけではなく、結果として、その他の新興国通貨の動きに追随すると考えられる。 

図12: インドの家計債務は軽微であり、企業債務は低水準

インドの長期的な課題としては、インフラと生産性の改善が指摘されている。こうした課題に関しては、土地収用法改正の可能性も含めて、モディ政権の経済政策の成果にかかっている。 

MXN – メキシコ・ペソ: 2018年に上昇した唯一の新興国通貨

2016年の米国大統領選挙を経て大幅に値下がりしたMXNは2017年、大方の新興国通貨が上昇に転じる一方で、概して弱気な推移を続ける結果となった。投資家は、NAFTA(北米自由貿易協定)の終焉を危惧していたのである。現状、米国とメキシコは修正案の合意に至っており、懸念後退からペソは、新興国通貨の多くが下落する一方で、上昇に転じている。

同国の中銀は政府からの独立性を維持しており、インフレ圧力も管理できていることから、MXNの上昇では中銀に対する市場の信頼も背景となっている。さらに、メキシコの債務水準は低く、その維持コストは継続可能な水準である。こうした背景から、MXNが、これまでの様に、その他の新興国通貨に連動して上下し始める可能性はあるものの、メキシコで危機が発生する可能性自体は低い、と考えられる。これまでのところ、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(省略形はAMLO)新大統領が、メキシコの状況を大きく変える可能性は低いと見られている。しかしながら、今年12月1日に就任した後、新大統領がどの様な政策を打ち出すかについては、注視していく必要がある。 

RUB – ロシア・ルーブル: 経済制裁の負担、それ以外は良好

通常、ロシア・ルーブルは原油価格に連動するが(図13)、最近では、これをアンダーパフォームしている。西側諸国による経済制裁、そしてその他の新興国通貨の軟調が、その背景の大部分となっている。それ以外では、ロシアの経済環境は比較的良好と言える: 債務水準は非常に低く(図9)、維持コストは継続可能な水準となっている。中銀はインフレ抑制に強いスタンスで臨んでおり、貿易と財政は黒字を計上している。経済制裁が解除されれば、ロシア経済は大きく好転すると考えられる。プーチン大統領の年金改革は国民の不評を買うかもしれないが、長期的には、これによってロシアの財政は安定的な方向に導かれることになり、ルーブルには強気材料になるだろう。一方で、その他の新興国通貨や原油市場での売り圧力によっては、ルーブルが一段と値を下げる場面も想定される。

図13: 追加制裁を受けて、原油価格をアンダーパフォームするルーブル

図14: ロシアの債務は対GDP比で80%と低く、金融システムのリスクも低い

ZAR – 南アフリカ・ランド: 新政権に対する期待大

政治腐敗の撤廃を訴えたシリル・ラマフォサ候補が次期大統領となる可能が高まるにつれて、2017年11月から18年2月の間に、ランドは対ドルで25%を超える上昇を見せた。新大統領が今年2月15日に就任して以来は、南アフリカが輸出する商品の価格、そしてその他の新興国通貨の動向にランドは追随する動きとなっている。  

南アフリカの公的債務に関しては高水準であるとも言えるが、民間債務は高くない水準である(図15)。その意味で、金融危機が迫っている可能性は比較的低いと言える。一方、ラマフォサ政権による政治的腐敗の排除は、ランドの上昇要因ともなる。南アフリカにとって、緊縮財政と金融政策が多少引き締め的なスタンスであることは、好材料になる。こうした背景が重なれば、成長が鈍化し、政策に対する不評が高まっても、ランドの上昇圧力は高まると考えられる。

図15: 南アフリカの公的債務は少し高いと言えるが、民間債務は多くない

TRY –トルコ: ハイパーインフレは回避できたのか?

外貨建ての借り入れによって貿易赤字を賄ってきたことから、トルコは膨大な海外債務と共に、膨大な財政赤字を抱えるに至っている。エルドアン政権は経済の急速な拡大路線を推し進めたことで、景気の過熱を招くと共に、民間債務を大幅に拡大させ(図16)、結果として激しいインフレを生じさせることになった。 

図16: トルコの民間債務は過剰

今年の夏、トルコの通貨が暴落するなか、これに対する政府の反応は、状況をハイパーインフレに導くものと市場に受け止められた。トルコ政府は債務の再構築や支出の削減、増税を拒否し、政策金利の引き上げを中銀に許さなかったのである。中銀の独立性に対する政府の介入は特に懸念であり、エルドアン大統領は政策金利の引き上げは、インフレの低下ではなく、上昇をもたらすと発言している。恐らく、大統領の論旨に同調する経済学者や投資家は、この世にいないだろう。

そして9月13日、トルコ政府は突然、その方針を転換する。政策金利を17.75%から24%に引き上げることを、政府は中銀に許したのである。これによって、実質金利はインフレ率を上回る水準になった。同時に、トルコは外貨建てだった債務を自国通貨建てに再構築しているこうした措置は、短期的に、債務コストを軽減することになる。一方で、長期的には、トルコの民間、そして公的部門に対する海外からの資金調達を一段と困難なものにする。

トルコの問題は、終わってはいないのである。次の数カ月間にインフレ率が17.75%を大きく超える可能性があり、市場が織り込んでいるのはここまでの通貨下落でしかない。そうなれば、トルコの中銀は一段と政策金利を引き上げざるを得なくなり、エルドアン政権がこれを抑え込もうとすれば、政府との対決姿勢を強める事態となる。財政に関しては、トルコには多少の緊縮スタンスが必要であり、これも国民から不評を買うと思われる。トルコが直面する問題を解決するには時間が必要であり、その間に財政赤字を縮小するのに充分な程度まで経済成長は鈍化すると考えられ、結果として財政は数年、黒字化することになると考えられる。一方で、議会での多数派を確保しているエルドアン政権は、今後数年の厳しい状況を乗り越えるに充分な勢力を維持しており、2023年6月18日に予定されている次期選挙までに、経済状況が改善していることに期待を寄せている。ここからは、エルドアン政権の選択がポイントとなってくる。

【まとめ】

  • 新興国通貨は、アルゼンチンとトルコが先陣を切る形で軟調推移となっている。
  • 米国中銀の引き締めスタンスは、新興国通貨に対する下落圧力を強める結果になっている。
  • 新興国経済は、インフレ圧力や中銀の政策、債務比率や海外資金への依存度などで、各国の状況が大きく異なっている。
  • 中国、ロシア、メキシコ、そしてインドなどの国々は、自国通貨安に対応する能力が、新興国の中では比較的高いと言える。
  • 先々においては、ブラジルとトルコでリスクが大きく高まると考えられる。解決されないとすれば、インフレは先々における主要なリスクとなる。
  • 中国では、貿易戦争や過剰な債務水準、ディスインフィレ(デフレ)圧力などへの対応が不可避となっている。 

 

免責事項

本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。

 

著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

Erik Norland(CMEグループ エグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト)によるレポートを さらに見る

新興国通貨をヘッジする

トルコ・リラからアルゼンチン・ペソ、インド・ルピーまで、新興国通貨の多くが対米ドルで値を下げる展開となっている。FX市場で新興国通貨の軟調が拡大している事から、1990年代に発生し、アジアの金融危機に至った様な、市場不振が拡大していく事態の再来を懸念する声も聞かれている。FX先物・オプションを活用し、投資ポートフォリオを護る

ヘッジを始める