ユーロ‐米ドル米ドル:政治と経済の板挟み

欧州の経済と政治の状況は、これ以上ないほどに両極化している。成長スピードには若干の失速も見られるものの、ドイツ、イタリア、そしてスペインの政局が脆弱性を高める一方、欧州景気の回復は継続的となっている。ブリグジット(英国のEU離脱)は依然として非常に不確実性が高い; 難民問題は引き続き政局の不安定要因であり、NATO(北大西洋条約機構)には亀裂も生じ始めている。7月26日に予定されているECBの理事会開催を前に、市場の視点は、欧州情勢の好材料よりは悪材料に、集まっているように見える。経済的な側面からは、比較的看過されやすい3つの好材料を指摘できる。

  1. 依然として高い水準にあるが、欧州の失業率は確実に低下してきている(図1)。
  2. ドイツを別にしたとしても、ユーロ圏全体で、政府の財政赤字は縮小傾向となっている(図2)。
  3. 超低金利の下で、欧州の国々の多くは、レバレッジの低減を成功裡に進めている(図3,4,5,6)。

図1:政策金利引き上げによって4年遅れはしたものの、欧州の景気回復は現在も進行中

図2:米国の財政状況が悪化する一方、欧州の財政赤字は縮小を重ねている

図3:アイルランド、ポルトガル、そしてスペインは、欧州で最もレバレッジの低減を進めている

図4:オランダやイタリアでは債務水準の低下傾向が続いており、構造改革を経たギリシャも近々、このトレンドに乗る

図5:ドイツやオーストリアでも、債務水準の低下傾向が続いている

図6:ベルギーやフィンランドでは、債務水準の低下が始まっている:フランスの水準は安定的

経済状況の改善が続いていると言う事実は、必ずしもECBに政策金利の引き上げを急がせる理由にはならない。ユーロ圏のインフレ率は、米国のそれをおよそ1.5ポイント下回るなど、依然として非常に低い水準にある(図7)。 

図7:ユーロ圏のインフレ率は依然として抑制されている.

こうした状況から、ECBによる次の政策金利引き上げまでは、少なくとも12ヶ月から18ヶ月の時間が必要になると考えられる。ECBにとって、来年の主要な課題は政策金利引き上げや、既に決定している量的緩和(QE)の終了ではない;マリオ・ドラギ総裁の後任選びである。一般には、イェンス・ヴァイトマンが有力と見られているが、彼はドラギ総裁の決定にことごとく、ときには強く、反対して来た。タカ派のジャン=クロード・トリシェ総裁とアクセル・ヴェーバーの下で実行された2010年と2011年の政策金利引き上げが少なからず影響し、ユーロ圏の景気回復が米国から4年は遅れているとされる状況を考えれば—後任のECB総裁にタカ派を据えることは、欧州の現在の心情とは合致しないだろう。

オランダ、フランス、そしてイタリアと、ECB総裁の出身国が変遷したことを受けて、ドイツとしては順当な役回りと捉えるかもしれないが、ヴァイトマンの対抗馬には事欠かない状況でもある。さらに、内政問題で混迷を極めるメルケル独首相が、ヴァイトマンのためにどの程度の労を取るか、また、ECB総裁の座を確保するために何を犠牲にするか等、不透明な部分もある。また、その可能性を排除できないとしても、ドラギ総裁の退任が、2019末から2020年に、必ず金融政策をよりタカ派的なスタンスに偏重させるとは限らない。

米国では、FOMC(連邦公開市場委員会)委員長の退任に際して、政策を正常化しようとする傾向がある。アラン・グリーンスパン委員長は、2004年6月から2006年5月まで、16回のFOMCで政策金利の引き上げを実行している。FRBはこれによって、(誤りではあったが)ニュートラルな金融政策を後任のベン・バーナンキ委員長に残せると考えたのである。バーナンキ新委員長が就任した2006年6月、政策金利では最後の引き上げが実行されている。その7年後、バーナンキ委員長が退任する時期になると、委員長は2013年にQE(量的緩和策)の終了を宣言し、後任のジャネット・イエレン新委員長に席を譲った2014年には、実際にこれを終息させている。同様に、イエレン委員長はゼロ金利政策の正常化を手掛け、後任のジェローム・パウエル委員長に席を譲った今年初めの段階では、コア・インフレ率の水準まで政策金利は引き上げられていた。

こうしたことは、2019年10月に退任するドラギECB総裁の場合でも同様であると考えられ、ほぼ確実に、総裁は退任前にQEを終息させるだろう。さらに、経済の力強い成長が続くとすれば、総裁はECBが実験的に行っているマイナス金利政策まで、終了させる可能性がある。総裁の後任が誰になるかにもよるが、こうした行動を以て、FRBが現状で行っている様なスピーでECBが政策金利を引き上げる時期が、早々にやって来ると考えるべきではない。

債券市場のパワーと欧州のSyriza(ギリシャの急進左派連合)化

ハト派的なECBを想定する場合の主要リスクは、減税や支出増加が広範に及んでいることから、欧州の財政が劇的に悪化するリスクである。緩慢財政の主要リスクはイタリアであり、ここでは、人民主義左派の五つ星運動が人民主義右派の北部同盟と連立政権を作り上げている。この政権はまた、減税と支出拡大を公約している。さらに、いずれもEU懐疑派であり、過去には反EUであった。5月末に両政党が連立政権を樹立した際には、イタリアの債券市場が急落の様相を呈すなど、市場が警告を発する場面も見られた(図8)。実際に政権を握った現状では、これまでの政策路線を両党が劇的に変更するとは考えにくい。

こうしたことは、過去にもあった。2015年9月、ギリシャの総選挙では、アレクシス・ツィプラスが率いるSyrizaが政権を握る結果になった。選挙運動中こそ、Syrizaはユーロ、そしてEUからの離脱を声高々に訴えた。その後3年近くが経過したものの、ツィプラスとその政権は依然としてEUとユーロの中にあり、財政援助の条件を履行するため、忙しく立ち回っている。もちろん、こうした事実は、ギリシャ国民に対する裏切りと捉えることが出来る。世論調査の結果を信用するなら、Syrizaの支持率は3分の1まで減少している。実際、支持者の多くは、親EUで中道右派の政党に宗旨替えしているのである。

イタリアの五つ星運動や北部同盟も、同様となる可能性が高いと考えられる。EUを非難するのは、政権の外にいる場合、容易なのである。しかしながら、政権を掌握した後にユーロからの離脱という脅しをかけるとすれば、確実に銀行危機を引き起こすことになる。五つ星運動や北部同盟についても、政策変更に関する議論は限定的となる一方で責任の在所に関する議論が多発するなか、早々にSyriza化するものと考えられる。

図8: 債券市場が発した警告

また、ドイツのアンゲラ・メルケル首相が、年末までに退任に追い込まれる可能性もあり、同国の財政政策に大胆な変化を期待するのは難しいだろう。メルケル首相の後任候補の間では、移民問題への対応について異なるスタンスも見られるが、減税や支出拡大に関関する政策でのスタンスでは、あまり違いが見られない。

これに関しては、選挙を経ることなく、先月、中道右派のマリアノ・ラジョイから中道左派のペドロ・サンチェスに首相の座が移行したスペインも同様である。バスク地方やカタロニア地方の政党への依存度が高い新政権は、スペインの財政路線を劇的に変えることが出来る立場ではない。

決定力がある大統領、そして、議会に多数派を擁するフランスにしても、マクロン大統領の支持率は低下傾向となっており、政党内では内紛も起こり始めている。雇用市場と年金システムに関して、主に構造的な改革に集中してきたフランスでは、税金の徴収方法に関する技術的な変更を実施してきているものの、改革は全体として、課税や支出の水準を劇的に変えることなく進められてきた。

最近では、ドイツとイタリアの銀行に関する懸念も表面化している。収益率や自己資本の水準が低いことは懸念であるものの、主要銀行の破綻を始めとする危機が発生する可能性は、限りなくゼロに近い。無償で資金を借りることが出来る銀行が破綻することは、考え難いからである。とは言っても、ECBが時期尚早な利上げを実施したとしたら、問題が生じる銀行も出てくるだろう。ただ、このシナリオが実現する可能性も、限りなくゼロに近い。さらに、例えばQEやマイナス金利の終了など、金融政策の正常化は、実際には、欧州で資金を借り入れる人々の負担となることなく、銀行収益を改善する要因になると考えられる。

ただし、政治的な混乱が主要議題となっている現状の欧州で、変化は驚くほど限定的となっている。投資家は、政治の断続がユーロにとって悪材料である一方、(欧州の核である –ドイツやフランスで、—債券価格の上昇と利回りの低下を招いているという意味で)有価証券市場にとっては好材料であると考えている様に思える。しかし、政治の停滞にはポジティブな側面もあることを、投資家は最終的に学習することになるのかもしれない: 欧州の将来的な成長に寄与する、レバレッジの解消プロセスが継続すると考えられるからである。

市場見通し

EURUSD(ユーロ/米ドル)では、綱引き状態が続くと思われる。FRBが政策金利の引き上げを続ける一方でECBに動きが見られない状況は、米ドル高/ユーロ安の方向にこの通貨ペアを誘導する背景となる。しかし、その反対側には、財政支出がある。欧州の財政状況は改善を続ける一方、米国では財政赤字が極限に達する方向となっている。EURUSDは総体として、2014年以降のレンジである1.03から1.25で推移し、大西洋を挟んだ両者の一方で何かが起こったとき、決定的な動きになると考えられる。

債券に関しては、ユーロ圏の継続的な景気回復、さらにイタリアとドイツの政局が最終的には混迷の極には振れないと考えられ、加えてECBのQE終了を考慮すると、欧州債市場では弱気相場が見込まれる。そして、欧州債の下落相場は、2010年代の終わりに向けて、結果として米国債にも同様の相場をもたらす可能性がある。実際、欧州の超低金利環境は、FRBの金融引き締めや堅調な雇用市場、さらに、緩慢ではあるものの、インフレ圧力が高まりを見せるなか、米国の長期債利回りが高水準を達成できていないことの理由の1つであると考えられる。

結論

  • 主要な欧州の国々では、脆弱な連立体制で政権が運営されている。
  • 人民主義的な政権は、権力を手中に収めると節度を取り戻す傾向が強い
  • 欧州の経済指標は継続的な改善を見せている
  • 欧州の多くの国では、金融危機以降、劇的なレバレッジ軽減が達成されている
  • 民間部門の財務状況は、継続的に改善している
  • 欧州の銀行には課題も多いが、ゼロ金利の下で、銀行が破綻する可能性は低い
  • EURUSDの動向は、財政と金融政策の綱引きとなっている
  • 欧州の成長に投資家が注目するとすれば、ユーロ圏の有価証券市場の軟調は、同様の結果を米国債市場にもたらす流れが見えてくる

 

免責事項

本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。

 

著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

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