米国のイラン核合意離脱: 原油と関連市場の次の動きに関する質疑応答

  • 10 May 2018
  • By Bluford Putnam
  • Topics: Energy

2018年5月8日、米国は、イラン核合意としても知られる、JCPOA(Joint Comprehensive Plan of Action、共同包括行動計画)からの離脱を発表した。実際には、発表の前の週から、米国が合意から離脱するとの見方が市場では強まっていた。欧州からは政府首脳が次々とワシントンを訪れ、合意に留まる様、米国政権に対する働きかけを続けてもいた。ワシントンのアンドリュー空軍基地(正確にはアンリューズ統合基地)に飛来したマクロン仏大統領は、公式晩さん会を以て迎えられたものの、共和党政権を納得させるには至らなかった。また、対応はより簡略的だったが、ワシントン・ダレス国際空港に飛来したメルケル独首相も、米政権に心変わりさせることは出来なかった。米国大統領の支持者として知られるジョンソン英外相でさえ、ワシントンを訪れてイラン核合意への残留を説いたが、功を奏さなかった。同外相はTVのフォックス・ニュースにも出演し、共和党の支持層に語り掛けたが、無駄だった。

そして、米政権が離脱の発表を行った数時間後、フランス、イギリス、ドイツの首脳は、この決定に反対する非常に語気の強い内容の共同声明を発表している。

「フランス、ドイツ、英国、各国の指導者として、トランプ大統領が共同包括行動計画(JCPOA)からの米国の撤退を決定したことは残念であり、同時に、この決定に懸念を表明するものです。IAEA(国際原子力機関)によれば、イランは核兵器不拡散条約に基づく義務に沿って、JCPOAが定める制限を引き続き遵守しているとされています。結果として、世界の安全性はより確固としたものとなっています。従って、E3としての我々はJCPOAの当事者として、この協定に留まることをここに表明します。我々の政府は、この協定の下にあるイランの人々の経済的便益を継続させることを含めて、残りの全ての協定国と共に、この協定が確実に維持されることを約束するものです。.  [出展: https://www.diplomatie.gouv.fr/en/french-foreign-policy/disarmament-and-non-proliferation/events/article/jcpoa-joint-statement-by-france-the-united-kingdom-and-germany-08-05-18]

こうした動きは、市場、中東和平、そして世界貿易にどう影響するのか?本稿では、質疑応答形式で、この議論を進めていく:

質問1 イラン核合意からの米国の離脱が世界的な原油市場の供給に及ぼす、短期的な影響は?

当初は、それほどでもないと考えられる。一部の市場アナリストは、米国が再開する経済制裁によって、イランの原油の生産量は日量、50万から100万バレルの単位で縮小すると予想している。ただ、今回は、それ程の減産にはならないと思われる。もちろん、価格的にはある程度の割引が必要となると思われるが、フル稼働で生産を続けたとしても、イランにとって原油の買い手を見つけるのは難しくない。

核合意が締結される以前、イランはUN(国連)、欧州、そして米国から経済制裁を受けていた。今回、経済制裁を発動するのは米国のみとなる可能性が高く、こうした一方的な制裁措置に対しては法的な観点から、国際的な場でフランス、イギリス、そしてドイツや国連なども、活発な反対論争を仕掛けてくると考えられる。

さらに、原油の輸入国であり、核合意の当初の当事国でもある中国は、米国が離脱しただけで、協定は継続しているとの立場を取っている。その意味で、中国はイランからの原油輸入を拡大するかもしれない。そして、この輸入増は、長期的で割安な契約の下に行われる可能性もある。これによって中国の影響力が高まると共に、米国の経済制裁を迂回する形で、中国は、メキシコ湾から輸出される米国産のシェール原油の輸入量を縮小するかもしれない。

図1:原油の生産トレンド

さらに重要なのは、原油のスポット価格が一段と上昇すれば、ロシアやサウジアラビアで生産量が拡大する可能性が高いと考えられることである。原油価格を押し上げるために生産調整を実行してきた両国は、その目的を達したことになる。中国がイランからの輸入を増やし、米国のシェール原油は言うに及ばず、ロシアやサウジアラビアが増産に踏み切るとすれば、ネット・ベースでは、世界的な原油生産は、減少ではなく、増加する。

ただ、ここでは、「万一」の場合も想定される。それは、万一、原油の供給に支障が生じた場合である。これは、米国の合意からの離脱が理由ではなく、例えば、中東での軍事行動などがその背景となる可能性が高い。

質問2 原油供給が当面の影響を受けないのであれば、どうして原油価格は上昇しているのか?

市場参加者の懸念は、先々において、中東からの供給に支障が発生する可能性であると考えられる。結果として、現状の原油価格には、バレル当たり10ドルほどの「中東のリスク・プレミアム」が付加されていると思われ、このリスク・プレミアムは容易に上昇する。市場参加者にとっては少なくとも短期的に、米国が核合意から離脱したことによって、イランとサウジアラビアを含めて、中東での軍事衝突のリスクが高まったことが意識される状況となっている。軍事衝突が実際に勃発する可能性は低い一方;市場価格に対するその影響度合いは非常に高いものとなっているのである。 

質問3 世界的な支持が高くない中で、米国の経済制裁は上手く行くのか?

経済制裁が功を奏するためには、グローバルなサポートが必要となる。核合意以前、イランに対して発動されていた経済制裁は明らかに、同国の経済に多大な苦痛をもたらしていた。当時の制裁には、国連を始め、欧州や米国が参加していたのである。今回、米国は制裁の再稼働を発表したものの、これが多国間で支持される可能性は非常に低いと言える。さらに、フランス、イギリス、ドイツなどの国々は、米国が離脱しても、合意の存続性を明確に公言している。実際、前述の共同宣言で各国は、合意を順守する限りにおいて、イランがそこに定義された経済的な便宜を間違いなく受けられる様、共同して努力するとまで言っているのである。合意に関しては中国とロシアも当事国であり、合意の存続性に問題がないことは両国も示唆している。従って、こうした国々には米国の一方的な経済制裁を支持する意思はないのであり、これからも、イランとの活発な経済活動を支持していく方針なのである。

その意味では、米国の経済制裁措置に関する論争は今後、米国が、米国内でビジネスを展開する規制環境を交渉材料として、他国の企業に米国の一方的な制裁措置を強要できるかということになってくる。米国企業はイランとの間で、制裁措置に大きな意味を与えるに足るほどのビジネス規模を、単独で持っているわけではないからである。経済制裁に実質的な影響を持たせるためには、フランス、イギリス、ドイツ、その他の欧州諸国、そして中国など、 – 米国は米国籍以外の企業に制裁措置の履行を課さなければならないのである。  

一方で、多国間合意からの離脱を強行した米国に対して、欧州勢からの風当たりには強いものがある。イギリスがEUからの離脱を決断したという事実もある一方、欧州各国の政府には、グローバルな課題に対しては多国間アプローチで臨むべきという義務感が強い。そんな中、米国はパリ協定から、そしてTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)から離脱し、足元では、間もなく、NAFTA(北米自由貿易協定)からも離脱しようとしている。同時に米国には、同国の安全保障に関する懸念を理由に、欧州諸国から輸入する鉄鋼とアルミに関税を課すと揺さぶりをかけた経緯もある。イラン核合意からの離脱によって、米国は経済制裁や今後の軍事行動で、欧州各国の政府が喜んでこれをサポート出来る限界を超えてしまった可能性がある。長期的な観点から判断する必要はあるが、少なくとも現時点では、米国と欧州の関係は非常に冷え込んでいると言える。

質問4 米国経済への影響は?

主な影響としては、ガソリン価格の上昇が考えられる。夏が終わり、今年のドライブ・シーズンが終わるまでに、全米のガソリンスタンドの平均で、ガソリン価格はガロン当たり4ドルにまで上昇する可能性がある。そこから5ドルを目指す展開になるかは、原油価格が一段高となるかによる。

ここで、FRB(米中銀)が物価上昇で注視するのは、エネルギーや食品など、価格変動が一時的に大きくなる項目を除いたコアのインフレ指数であることに言及しておきたい。そして、コア・インフレの指標は、着実な上昇傾向となっている。短期金利の指標であるフェデラル・ファンドの先物では、次回となる2018年6月を含めて、FRBが政策金利の引き上げを継続するとの市場見通しを示唆している。

質問5 期近限月が先々の限月よりも高値であるという逆ザヤ現象は、今後も継続するのか?

原油先物における現状の逆ザヤは、イランとサウジアラビアの間の緊張が軍事衝突に発展するかもしれないという、市場参加者の懸念を反映している。市場参加者は、シリアやイエメンにおける現在の緊張が高まり、原油供給に影響が出る状況になることを懸念しているのである。原油のスポット価格とその先物の期近限月の価格は現在、高まりを見せる「中東のリスク・プレミアム」を反映していることになる。従って、中東での緊張が軍事衝突に至るとする懸念が続く限り、原油市場の逆ザヤは続くと考えられる。一方で、米国がイランとの間で新規の合意に至ることがあれば、原油のスポット価格は低下し、先物市場の逆ザヤは解消されると考えられる。

図2:原油市場の逆ザヤ現象

質問6 逆ザヤが続いたとすると、それによる米国のシェール原油生産への影響は?

米国のシェール原油生産者は、簡単に生産のスイッチを入れたり、切ったりすることが出来るわけではない。従って、期近限月やスポットの原油価は、彼らにとってそれほど重要度が高いものではない。採掘施設を新規に稼働させるかどうかの判断の一環としてシェール原油の生産者が見ているのは、6カ月から24カ月先の先物価格である。逆ザヤとなっている現状の先物市場では、こうした時間軸の原油価格はスポット価格を大きく下回る水準となっている。一方で、シェール原油の生産者にとって、期先限月の価格動向は生産拡大を動機付ける大きな材料ともなっている。2019年末までに、米国の原油生産は日量で1200万バレルという高水準に達すると予想され – 米国は、ロシアやサウジアラビアと並んで、原油生産で世界のトップ3入りすることになる。

質問7 米国は現状、原油の輸出国となっているが、国際的な原油価格はこれによってどんな影響を受けるのか?

原油の輸出が解禁されたことで、欧州やアジア向けに、米国ではシェール原油の過剰生産分を輸出することが可能になっている。米国の輸出量は現状、日量で200万バレルに達しており、拡大を続けている。(米国は引き続き、大口の原油輸入国でもある)また、輸出可能となったことで、スポット価格や輸送コストなどの面で、米国産原油はその他の指標的な原油との連動制を強めることになる。例えば、輸送コストは把握するのが非常に難しく、輸送距離、契約内容、輸送船のサイズ、輸送速度などの要素に依存するが、恐らくバレル当たり4ドルから6ドルと想定される。従って、WTI原油と北海ブレントの価格差においては、これがおよその上限となる。「およそ」と言うのは、両者の価格差が6ドルを超となる場合もあり得るということである; しかし、価格差がこの水準を超えれば、米国産原油の輸出増加が動機付くと考えられる。

図3:米国の原油輸出と輸入


 

免責事項

本レポートに掲載された例は、いずれも状況を仮定的に解釈したものです。あくまで説明のために使用しています。このレポートに記載されている見解は著者自身のみによるものであり、CME Groupや付属機関の見解を必ずしも表しているものではありません。本レポートおよびその内容を、投資の助言または実際に市場で経験した結果として受け取らないようにしてください。

 

著者について

Bluford “Blu” Putnam(ブルフォード“ブル”パットナム)CMEグループ・マネージング・ディレクター兼チーフ・エコノミスト。中銀の政策分析・投資調査・ポートフォリオ管理を中心に金融業界で35年を超える経験を持つ。2011年5月より現職。世界経済情勢に関する情報発信で中心的な役割を担う。

Bluford Putnam(マネージング・ディレクター兼チーフエコノミスト)のレポート をさらに見る

イラン情勢の不確実性をヘッジする

米国がイラン核合意から離脱したことは、原油市場や中東の和平交渉など、広範な分野に影響を及ぼす可能性がある。NYMEXのエネルギー先物とオプションを用いることで、こうした不確実性から生じる投資ポートフォリオのリスクをヘッジすることが可能になる。

ヘッジを始める