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ばらけた債務水準がユーロ圏金融政策の足かせに

英国の元首相、ウィンストン・チャーチルは、かつて米国人をこう評した――「常に正しい道を進むと期待できる。他のすべてを試したあとだが……」。しかし、それは欧州中央銀行(ECB)にも当てはまるだろう。金融危機後の10年間にECBがしてきたことだ。

金融危機が拡大したとき、米連邦準備理事会(FRB)とイングランド銀行(BOE)は、2008年後半には速やかに金利をゼロ近辺まで下げ、2009年前半には量的緩和策(QE)に踏み切った。ところが、ECBの方針は違った。市場介入金利を下げたのは2009年になってからで、しかもゼロに向けて大きくは落とさなかったのだ。それどころか、2011年には金融引き締め策に転じた(図1)。その結果は惨憺たるものであった。ドイツ国債との利回り格差が拡大し、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ポルトガル、スペインが金融破綻寸前にまで追い詰められたのだ(図2)。そして、ユーロ圏は英米が回避できた二番底を経験した(図3)。しかし、ECB総裁にマリオ・ドラギが就任し、2012年を過ぎてからは、ECBはユーロ圏のソブリン債市場を支援するようになり、本格的な利下げに踏み切った。その後、利回り格差が縮小し、ユーロ圏の景気が回復したのである(図4)。

図1 ECBは2009年に迅速かつ十分な利下げをせず、しかも2011年に利上げをして大失敗に

図2 政府債務危機でユーロ圏5カ国が破綻寸前に

図3 ドラギECBの債券市場支援・利下げ政策後、ユーロ圏は成長を再開

図4 ECBはFRBから5年遅れの2014年にQEを開始

欧州も米国も金融危機の原因は本質的に同じである。5年ほど前まで大西洋のどちら側でも総債務水準(公的部門+民間部門)が、中央銀行の政策金利を4~5%圏内に設定したのでは維持できないぐらいに膨張していた。他にも米・英・ユーロ圏の債務危機とその後の展開には、表面的に多くの類似点が挙げられる。

  1. どちらの危機も総債務が対GDP比225%に近い水準で始まった。
  2. 2009年と2010年に公共部門の赤字が急激に膨らみ、総債務の水準が急上昇した。
  3. 2010年を過ぎてからは緊縮財政策と民間部門の圧縮努力で債務水準が対GDP比250%近辺で安定するようになった。ただし、全体的な脱レバレッジ化にまでは至っていない(図5)。  

図5 表面的に米・英・ユーロ圏の債務危機には類似点がある

しかし、全体的な水準ではないところでユーロ圏には米英と異なる点がある。圏内19カ国の債務水準・推移・内容が、かなり“ばらけて”いるのだ。実質的にユーロ圏の主要経済国は以下の4つに分類できる。

  1. 債務水準は高いが、脱レバレッジ化が進んでいる国(アイルランド、ポルトガル、スペイン――図6)。
  2. 債務水準が高く、脱レバレッジ化が進まない国(ギリシャ、イタリア、オランダ――図7)。
  3. 債務水準が低く、安定・さらに低下している国(オーストリア、ドイツ――図8)。
  4. 債務水準が上昇し続けている国(ベルギー、フィンランド、フランス――図9)。

図6 アイルランド、ポルトガル、スペインはQEと低金利を利用して脱レバレッジ化を進めている

図7 ギリシャとイタリアは金融緩和策を延命に利用している

図8 オーストリアとドイツは欧州諸国の貯蓄者・貸し手のまま

図9 ベルギー、フィンランド、フランスは低金利とQEを利用して宴の最中

新しい規制と容赦ないマスコミ報道にもかかわらず、金融危機はユーロ圏での根本的な金融力学を変えられなかった。ユーロ圏創設来、ドイツは欧州諸国の貸し手である。理由は単純だ。創設前からドイツは一人当たりで最も裕福な国家であったし、借入コストが最低だったからである。ドイツはオーストリア、ベルギー、フランス、オランダよりも若干低い金利で資金を調達できたし、その金利はポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン(金融危機時はその頭文字をとってPIIGSと総称された)の借入コストの3分の1~半分にすぎなかった。通貨がユーロに統一されるとドイツのような欧州中核国の貸し手には有利な状況となる。ギリシャ、ポルトガル、アイルランドといった高利回りの周辺国に融資しやすくなったからだ。これをきっかけに10年に及ぶ好循環が生じた。PIIGSが自国にレバレッジを徹底的にかけたことで、その成長率がドイツを超えたのだ。

ところが2008年、その好循環は悪循環へと転じた。ドイツ国債の利回りが急低下する一方で、周辺国の利回りが上昇し、破綻へと向かわせたからだ。以降、ドイツは脱レバレッジ化を続けている。現在、危機前よりも債務を対GDP比で縮小させているユーロ圏唯一の国だ。

アイルランド、ポルトガル、スペインは、低金利環境を利用して脱レバレッジ化に踏み切った。しかし、債務(対GDP比)は危機前の水準を依然として超えており、危機後の回復はECBからの低コスト融資に依存している。また、これまでユーロ安に助けられてきた各国にとって、最近のユーロ高は脅威となるだろう。

ギリシャは一連の救済措置と過酷な緊縮財政にもかかわらず、全く脱レバレッジ化に進展が見られない。公的救済を決してしようとしなかったイタリアもECBからの低コスト融資に依存したままである。イタリアの全体的債務水準はユーロ圏の平均に近い。しかし、政府債務の水準は圏内2番目の大きさに膨れ上がっている。債券市場はイタリアの借金が高くつくよう高利回り債市場に仲間入りさせて、同国に罰を与えている最中だ。またイタリアの銀行システムは過小資本に陥っているとみなす声が多い。

フランス、ベルギー、フィンランドは2016年前半までレバレッジを上げ続けており、欧州全体の債務水準が低下するのを妨げている。これは今後の成長に不吉な前兆となるかもしれない。しかも、低コスト融資への依存度を強めている。

このようにユーロ諸国の債務状況には非常にばらつきがあり、ECBが全19カ国に適切となる金融政策を実施するのは難しい状況だ。ドイツやオーストリアのように債務と失業率の水準が低く、金融引き締め策をとれそうな国がいくつかある一方で、依然として金利を長く低く据え置かねばならないユーロ圏諸国もある。これは特に欧州の高債務国(アイルランド、ベルギー、ポルトガル)だけでなく、圏内最高の失業率に苦しむ国(ギリシャ、スペイン、イタリア)にも当てはまる(図10)。  

図10 高債務・高失業率国は長期的な低金利を必要とする

注目されるのは、欧州諸国間の債券スプレッドを狭めたり、欧州の景気回復ペースを速めたりするのに、QEが大きな役割を果たしたように見えないことだ。例えば、イタリア国債とドイツ国債のスプレッドは、ECBが2014年後半にQE政策を膨張させて以降、ほとんど変わらない。同様にQEが経済成長やインフレの大きな起爆剤になったとは見えない。経済成長が堅調に続く一方で、少なくとも瀕死の状態にある欧州諸国がQEに反応して大きく加速したように見えないのだ。同じことが米国にも当てはまる。2010年に始まった景気回復でFRBのQE第二弾と第三弾が大きな追い風になったように見えない。  

おそらくECBは比較的最小限のリスクでQE政策を段階的に縮小できるだろう。確かにQEの巻き戻しを受けて欧州で金利が上昇に向かうことはあるかもしれない。ひいては、世界中に波及する恐れもある。事実、2013年にFRBのベン・バーナンキ議長(当時)がQEの減速を示唆したとき「テーパータントラム(市場の癇癪)」が起きた。しかし、FRBのQE第二弾と第三弾が景気を特に支援しなかったのと同じように、その癇癪も続くQEの段階的縮小も今までのところ米景気回復の妨げになっていないのは当然の帰結といえる。

高い債券利回りは、年金管理者など長期債の購入が求められる運用者にとって歓迎すべきニュースである。しかし、金融危機が起こると、誰かがその代償を払わなければならない。そして、常に誰かが貸し手になる。欧州の場合、PIIGSが債務不履行に陥るのを容認できなかった。銀行、債権者、ECB、国際通貨基金が自分たちの貸付金を損金処理したくなかったからだ。欧州(特にドイツ)の貯蓄者と年金生活者が極めて低い金利をとおして、その代償を払っている。そして、おそらく低金利はしばらく続くだろう。特に大きな理由は、インフレ率が1.3%から抜け出せずにいるからだ。低金利、QE、じわじわとした景気回復の年が続いたにもかかわらず、ECBが目標とする2%を大きく下回っている。  

米国では、失業率が金融危機前の水準付近となる5%に下げるまで、FRBは利上げを始めなかった。ユーロ圏では、同危機前の失業率が7.5%付近で、現在は9.3%である。年に約0.7~0.9%で下げているものの、大きなインフレの上昇なしに現在のペースで景気回復が続けば、またECBがFRBと同様のやり方で失業率に反応するとすれば、2019年のある時点までに利上げをする環境にないといえる(図11)。  

図11 ユーロ圏の失業率は危機前の水準をかなり上回ったまま

ECBが引き締め策に入る見通しが遠いと考えると、最近のユーロ高で1ユーロ=1.17ドルに戻ったのは、少し先を織り込みすぎているのかもしれない。価格に織り込まれるよりも引き締めが早い米国の金融政策でも、価格に織り込まれるよりも正常化が遅いECBの政策でも、ユーロは脆弱といえる。

要点:

  • ユーロ圏諸国の債務水準は乖離しており、最終的にECBの金利政策を正常化させるにあたって、ひとつの障壁となっている。ただし、それは必ずしもQE縮小の障壁にはなっていない。
  • QEはユーロ圏の回復を後押ししているように見えない。したがって、ECBのQE縮小は世界中の債券利回りとユーロを押し上げる可能性はあるものの、欧州景気回復の腰を折りそうにない。
  • ユーロ圏の失業率がこのままのペースで低下していけば、ECBは2019年か2020年に利上げに踏み切るかもしれない。
  • 欧州の債務構図は本質的に変わっていない。ドイツは依然として周辺重債務国の貸し手となっている。
  • ドイツとオーストリアを除き、債務が総じて極めて高い水準にあるため、大幅な金利引き締め策は維持できない。

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著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミスト。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信する。

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