地平線に迫るブレグジット決断後のアフター・ショック

  • 11 Nov 2016
  • By Erik Norland

6月23日の国民投票で英国がEU離脱を決めたことは、金融市場に大きなショックを与えた。英ポンドは特に、対米ドルで1.50ドルから1.29ドルまで、ほんの数日間に大幅な急落を演じる結果になった。一方、ドーバー海峡の対岸では共通通貨のユーロが、驚くほどの沈着さでこれを受け止め、対米ドルで1.04ドルから1.15ドルという、2015年2月以来の狭いレンジ相場の後半で確固とした推移を続け、緊張した動きを見せなかった。

EU離脱という英国の決断に伴うアフター・ショックは、始まったばかりである。最初のショックは今年9月、メイ英国首相が離脱手続きを2017年3月に開始すると表明したときだった。英国を含む28の加盟国は、EUという経済・政治連合を離脱する際に、EU基本条約第50条を発動することを義務付けられている。英国の新首相の発言はこうした背景から、実質的なEU離脱手続きの開始時期を明言したものだった。市場は、発動されてから2年後の2019年3月までとなる離脱交渉を通じて、ブレグジット完了後も英国がEUとの現状の関係継続を担保することはできないとの見通しから、「ハード・ブレグジット」の可能性が高まったと判断した。こうしたアフター・ショックはこれからも予想され、その影響を受けるのは英国ポンドに留まらないと考えられる。

図1: アフター・ショック第2号は、第1号に劣らず大きなショックだった

図2:ユーロが相対的に安定推移となっているという説明しがたい状況

こうした中、ユーロの堅調さには、驚かざるを得ない。ブレグジットは英国だけでなく、全てのEU加盟国において主要なリスクであると考えられる。しかしながら、ユーロ/米ドル(EURUSD)の90日オプションから算出されるインプライド・ボラティリティーは、2014年末以来の低水準となっている。また、ブレグジットのリスクが高まりを見せるまで、英ポンド/米ドル(GBPUSD)のオプションにおけるボラティリティーは大体において、EURUSDのそれを下回って推移していた。ブレグジットに際して、GBPUSDのインプライド・ボラティリティーがEURUSDのそれに対して相対的に高まりを見せたのは理解できるとして、これだけ大きなボラティリティーの乖離がその後も続いていることには、明白な理由を指摘しがたい。ただ、考えられる理由は、いくつかある。

最初に、EUとの交渉における英国の立場は、考えられているほど悪くないのかもしれない。例えば、EU向けが英国の総輸出の44%であるのに対して、英国向けのEUの輸出は16%に過ぎない(図3)という背景がある。この見地からは、確かに英国の立場は脆弱に思える。さらに、英国の製品やサービスに対して、EUに取って代わる相手国があるかと問われれば、それも明確ではない。

図3: 交渉力があるのはどちらか?<

例えば、かつて英国を宗主国とした米国(英国の総輸出の11%)、カナダ(同6%)、インド、豪州、南アフリカ(それぞれ1-2%)などとの間で貿易協定を取りまとめるとしても時間を要するし、対EUで英国が潜在的に失う可能性がある交易メリットを含めれば、決してその喪失を埋め合わせることはできない。加えて、特別措置が講じられない限り、ブレグジット後には、「シングル・パスポート」の下で英国を本拠とする企業がEU加盟国内のどこでも企業活動ができるという特権は失効し、金融センターとしてのロンドンやユーロ取引の決済基地としてのシティーの立場は、崩壊の危機に瀕するかもしれない。  

しかしながら、現実は、もっと微妙なのかもしれない。英国は巨額の貿易赤字を抱える国であり、米ドル換算では、欧州のほとんどの国から、輸出するよりも多くを輸入している(図4)。さらに、使い勝手が悪くなったとしても、金融センターとしてのロンドンから人材を総移動させるのは困難なことでもある。そうして考えると、ロンドン以外に、金融センターのハブと成り得る欧州の都市は、本当にあるのだろうか? 

図4: 対ドイツでは、英国の輸入は輸出の倍となっている

ブレグジットの結果として、ダブリン、フランクフルト、ルクセンブルグ、そしてパリなどへ、特に取引清算などの分野で、ロンドンの金融活動の一部が離散する可能性があるものの、その人材が総体としてロンドンを後にするとは考えにくい。実際、法律事務所の多くはロンドンにあるという事実もある。欧州大陸に設置された子会社を通じて、そしてこれを介して、ロンドンを拠点とする企業は、ロンドンで設定され、立ち上げられた金融プロダクトを展開していくものと考えられる。

さらに、ブレグジットの交渉が開始されれば、ドイツの自動車メーカーからフランスの農家まで、欧州大陸では商業的意図を背景とした圧力がEUの交渉スタンスに影響を与えることになる。一方で、EUが強気のスタンスで交渉に臨む場合も考えられ、英ポンドが1985年以来となる対米ドルでの安値、1.05ドルに向けて弱含む場面も考えられえる。

ただ、ブレグジットに関連する投資の不確実性という負の要素は、ここまでの英ポンドの下落によって軽減される可能性も指摘できる。英国の労働コストは、米国、欧州、そして日本のそれと比べて、20%も安くなっているのである。そして、英ポンドが比較的安値で推移していることは同時に、インフレを誘発する。既にユーロ圏よりも進んでいる英国でのデレバレッジはさらに進展し、これと並行して輸出の拡大と輸入の縮小が加速することになる。こうした背景は、ECB(欧州中銀)よりも早く、BOE(英中銀)が金融政策の引き締めへの道筋を開く可能性を示唆している。もっとも現状、金融引き締めがBOEの喫緊の政策判断になるとは考えられない。

さらに、欧州大陸における政治的リスクは、英国にとっての好材料となる可能性もある。英国においては、ブレグジットを決めた国民投票と基本条約50条の発動時期という、主要な2つのリクスが既に現実化している。現状では、EU離脱を女王の特権として発動できるのか、それとも、議会の事前承認を必要とするのか、という憲法判断に関するリスクを残している。ただ、これを除けば、英国の場合、政治的なリスク要因は多くない。固定任期議会法によって、次期議会選挙は2020年5月まで執り行われないし、保守党内外に代替え策が乏しいことも手伝って、メイ新首相は職務を快適にこなしている。

反対に、欧州には、潜在的な政治的リスクが数多く存在する。例えば、12月4日にイタリアで予定されている憲法改正に関する国民投票である。現状、改正案は拒否される見通しであり、マッテオ・レンツィ首相の辞任と議会選挙がこれに続くと予想されている。2017年3月15日には、オランダで選挙が予定されている。さらに、2017年にフランスで、4月、5月、6月と、大統領選挙と議会選挙が予定されている。この選挙では、フランスには新大統領と新首相が登場するものと予想されている。現職のオランド大統領の支持率はほとんどの調査で12-14%に低迷しており、大統領選の本選へ進むのは困難と見られている。その意味では、英国のEU離脱交渉に対して現状、オランド大統領が厳しいスタンスで臨む姿勢を示しているとしても、それによる実質的な影響は現実化しないとも考えられる。

さらに重要なのは、欧州最大の経済国であるドイツで、2017年9月に選挙が予定されていることである。2013年に実施された前回選挙では、メルケル首相が率いる統一会派(CDU/CSU)と社会民主党が、総投票の67% を獲得した。ただ、現状の支持率は50%を少し超える程度に過ぎない。加えて、反EUのドイツ連合(Allianz fur Deutschland)が 連邦議会に議席を得る勢いとなっている。新首相誕生の可能性と共に、ドイツの政治勢力の構図がさらに細分化される可能性も指摘されている。

最後に、スペインでは、ここ1年で2度の議会選挙を経てなお、連立政権を樹立できないでいる。そして、ギリシャ発の不安定要因の可能性は常に存在している。

こうして見てくると、ブレグジット決断後のアフター・ショックは、英ポンドよりも、ユーロにより大きな影響を及ぼす可能性が高いと言える。さらに、マイナス金利であることが、ユーロのボラティリティーを一段と高める。皮肉ながら、マイナス金利によって、下落するというよりも、通貨市場のユーロは強含みで推移する結果となっている。金融機関に対する課税にも似た効果があるマイナス金利は、金融政策の観点からは実質的な引き締めであり、貸し出しの拡大に対する積極的を促すよりも、金融機関は消極的スタンスに留められる結果となっているのである。従って、マイナス金利はユーロや日本円を短期的に上昇させる要因となったものの、長期的には、それぞれのボラティリティーを高める結果になる、と言うことなのかもしれない。  

もちろん、英ポンドが、ブレグジット決断後のアフター・ショックによる影響を受けないというわけではない。ただ、どこかの時点で確実に、EURUSDがこれまでの比較的狭いレンジ相場からブレイクアウトする際のボラティリティーの高まりを想定するとき、現状の凪相場は際立っている。長期的な観点からは、ユーロよりも英ポンドの方が、1985年来の安値に近い水準で推移している。実際、対米ドルでユーロは、2000年9月の安値である0.823ドルを30%以上、統合前の通貨から計算される1985年の理論値を60%以上(図5)それぞれ上回って推移しているのである。

図5: 英ポンドよりも、ユーロの下落余地は大きいのか?

一方で、ユーロ圏に比べて、米国の景気回復は円熟性を高めている。10月27日時点のフェッドファンド先物が78.5%の確率を示唆するなど、今年12月に、FRBは再び政策金利の引き上げに踏み切ると見られている。実際にFRBが動くとすれば、2014年5月から2015年2月まで続いた様な、ユーロの軟調相場が再燃する可能性も指摘される。

著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミストです。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信しています。

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