不要無用のマイナス金利政策

  • 29 Aug 2016
  • By Bluford Putnam

マイナス金利は、金融政策の有効性について貧しい発想と直線的な思考しか持てない中央銀行家が生んだアイデアである。経済成長とインフレ、いずれの押し上げにも機能しない。これから6~12カ月の間に、その政策の失敗が、より鮮明になるだろう。そのため、日銀とECB(欧州中央銀行)は、マイナス金利を撤回する代わりに、経済成長とインフレを促す率直な方法を探そうとする可能性が非常に高い。つまり、より積極的な財政政策に金融政策を連携させていく方針だ。

マイナス金利政策を最初に導入したのは、スイスとスウェーデンだった。自国通貨が対ユーロで上昇するのを防ぐためである。ユーロ圏は主要な貿易相手であり、通貨高は輸出の妨げになると認識したのだ。両国は比較的小さい。マイナス金利は、貿易相手国通貨の代わりに自国通貨を保持することに罰金を科す効果があり、外為市場では、ある程度ながら功を奏した。しかし、経済成長やインフレへの影響は、ほとんど見られなかった。

マイナス金利をECBがユーロ圏に導入した当初は、民間銀行が中央銀行に置いている当座預金にマイナス10ベーシスポイントの罰金を科すように設計されていた。しかし、2016年3月にはマイナス40ベーシスポイントにまで罰金の額が増えている。また、2016年1月に日銀がECBの先例に倣い、日銀当座預金の一部階層分(訳注:政策金利残高分)にマイナス10ベーシスポイントの罰金を科した。日本とユーロ圏は世界有数の大経済圏だ。小規模経済国と似たようなことをするのが適切とはいえない。しかも、マイナス金利政策が望ましい成長率とインフレ率に押し上げたと実証できずにいる。

マイナス金利政策は、この2大経済圏では、その中央銀行家たちが期待したような自国通貨安にも役立っていない。マイナス金利導入後、FRB(米連邦準備理事会)が政策金利の誘導目標を引き上げる時期(引き下げではない)について議論を再開しているにもかかわらず、日本円とユーロは、どちらも対米ドルで高く評価されており、安くなっていないのだ。

しかも、日本とユーロ圏の民間銀行が罰金分を顧客にほとんど転嫁できずにいる。銀行の収益性は、ただでさえかなりの圧力を受けているというのに、マイナス金利でさらに圧迫されているのだ。銀行部門が苦戦すると信用市場がうまく機能しなくなる。そして、経済成長が阻害される。

では、マイナス金利の概念に、どのような問題があるのだろうか。基本的に金利による政策は、経済に極めて非線形的な形で影響を与えるということだ。特に名目金利がゼロに向かい、マイナスにまでなってしまった場合はそうである。いくつか顕著な非線形的性質を実世界のほぼあらゆる経済行動が具現化している(学校で教わる経済学とは大違いだ)。金利の低下に対する消費者・投資家・企業の非対称的な動きである。この場合、境界線の役割を果たしているのがゼロ金利だ。その非対称的な動きを理由と合わせて、いくつか説明しよう。

まず、行動ファイナンスからの教訓である。「人は利益を楽観的にとらえるよりも、損失をはるかに悲観的にとらえる」というものだ。金利収入が減少し、さらにはマイナスになると、代替の機会で利回りを求めようとする動きが激しさを増す。リスクがはるかに高いとはいえ、より良いリターンが期待されそうな金・株式・新興国市場などに、市場参加者を追いやるのだ。しかし、金利はいずれ上昇する。そうなれば、投資家は利回り志向から取っていた過度に危険なリスクを回避し、すぐに戻ってこようとするはずだ。したがって、中央銀行は阿鼻叫喚の地獄絵図を描くことになる。

次に、税金がゼロ金利を境に非対称であることだ。運用利益と収入には課税がある。ところが、損失で利益と収入を相殺するのは、たとえある程度ささやかな形で繰り越しが認められているにしても、厳しく制限されている。

3つ目は、中央銀行による超低金利・マイナス金利政策が実際のところ「非選出の公職者による大規模な富の再分配政策」であることだ。その富の再分配が、かなり歪んだ軋轢をもたらす。通常ならそうはならなかったであろう「負け組」が経済活動の足を引っ張るように動くのである。その負け組とは退職者だ。日・米・欧で人口の多数派となっており、なおも拡大中である。退職者は超低金利あるいはマイナス金利の被害者といえる。概して固定利付証券にかなり高い配分をした比較的低リスクのポートフォリオを保有しているからだ。その金利収入がゼロに落ちれば、自分たちの蓄えを守るため、消費を控える必要がある。結果として、この拡大する人口層は経済の足かせとなるのだ。

これとは対照的に、低・マイナス金利政策環境で「勝ち組」となるのは、債務を増やし、その債務を株式の買い戻しに使っている企業である。これは株価の下支え要因になるかもしれない。だが、経済成長やインフレの促進には全く役に立たない。役に立つとすれば、富裕層(さらに株式を所有する人々)と中低所得層の格差拡大に大きな役割を果たしたのが中央銀行だったという説明に使えるぐらいである。

4つ目に、多くの退職者と退職者予備軍がまた、制度として管理されている年金基金に依存していることだ。ところが、その収益性が超低金利あるいはマイナス金利政策によって損なわれている。事実、マイナス金利政策と中央銀行の資産買い入れ(つまり量的緩和=QE)との組み合わせで、長期国債の利回りもゼロに向かった。こうした長期債の利回りが年金の長期的な債務を計算し評価するときに重要な役割を果たす。債券利回りの低下が債務を増加させるからだ。債務が増えることで、政府や企業は不足した年金基金を補強する資金を支出予算に入れておかなければならない。低・マイナス金利政策によって米国で年金が資金不足に陥るだけでなく、日本や欧州では年金制度への資金的負担がさらに増す結果となっている。

日欧の中央銀行がマイナス金利の泥沼に陥ったのは、ヤケクソになったからだ。QEは、さらなる経済成長(図1)またはインフレ(図2)を生み出すのに完全に失敗した。しかも、特定の国債市場の流動性にひどいダメージを与えた。先ほど述べたように、信用市場がうまく機能しなくなると、経済成長が阻害される。そこで、日銀とECBは別の種類の非伝統的金融政策を試すことにした。マイナス金利だ。しかし、すべての中央銀行家が追い詰められて直線的な思考にはまっているわけではない。注目すべきは、英国の中央銀行であるBOE(イングランド銀行)のマーク・カーニー総裁がマイナス金利政策に反対する立場を明確にしていることだ。また、FRB当局はマイナス金利について研究すると発言したものの、それは密室政治を決して好まないからである。マイナス金利は窮余の策となり、採用されることはまずないだろう。

次に何が来るだろうか。可能性が高いのは、中央銀行による爆買いとの組み合わせで財政刺激策を支援する方針の復活だ。公開市場で既に発行され、流通されている有価証券を中央銀行が買い入れるのでは、追加の財政支出をQEと関連付けられない。また、QEの唯一明らかな効果といえば、国債利回りを下げ(図3)、市場流動性を低下させ、信用市場の機能に損傷を与え、概して経済にダメージを与えたことである。財政政策と金融政策を一体化させれば、この悪循環を打破できるかもしれない。新たな財政支出を中央銀行が新規発行の国債を買い入れて賄うのだ。新規の有価証券なので、信用市場の現状を損なうことはないし、新たな支出と直接結び付いている。それは、これまでの非伝統的な金融政策と完全にかけ離れている。

もちろん、その成功には予期せぬ結果がともなう。高い成長率とある程度のインフレ率が中央銀行の融資による財政刺激策から生じた場合、“利回り探しゲーム”に参加している人々は自分たちのリスクを絞るべきだと分かるだろう。しかし、出口に向けて駆け込むとなれば、金・株式・新興国市場など、低・マイナス金利からの避難先がすべて大きく下振れする可能性があるのだ。いうまでもなく、市場は、ひとつの興味深い局面に差し掛かっている。

図1

図2

図3

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著者について

Bluford “Blu” Putnam(ブルフォード“ブル”パットナム)CMEグループ・マネージング・ディレクター兼チーフ・エコノミスト。中銀の政策分析・投資調査・ポートフォリオ管理を中心に金融業界で35年を超える経験を持つ。2011年5月より現職。世界経済情勢に関する情報発信で中心的な役割を担う。

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