英国のEU離脱(Brexit): 市場の非合理性に対する合理的視点

  • 11 May 2016
  • By Erik Norland

Erik Norland(CMEグループ・シニアエコノミスト & エグゼクティブディレクター)

英国で予定されているBrexit(EU離脱)に関する国民投票とオプション市場の動向については、前回のリポートで紹介した通り、EUR(ユーロ)よりもGBP(英ポンド)が、英国のEU離脱の可能性に対する憂慮を強めている。通常、GBPのインプライド(予想)ボラティリティはEURのそれを下回るが、6月23日に英国で予定されている国民投票を前に、ここ数週間、この関係が逆転しているのである。

図 1: 通貨オプションのアット・ザ・マネーにおけるボラティリティは、英ポンド/米ドルがユーロ/米ドルを大きく上回っている。

さらに、アウト・オブ・ザ・マネーにおけるオプションでは、この国民投票に対する市場の期待感や危惧感など、追加的な情報も示唆されている。要約すると、多岐に渡る行使価格が示す確率分布では、GBPの下落を前提とするオプションが特に割高な一方で、米ドルに対してGBPが上昇する可能性について、市場はこのリスクをほとんど意識していないことが分かる(図2、3)。

図 2: GBPオプションでは、7月31日までに、10%下落が発生する確率を10.8%とする一方、同期間に10%上昇の確率は3.6%としている。

図3: EURオプションでは、7月31日までに、10%下落が発生する確率を3%とし、同期間に10%上昇が発生する確率は2.3%としている。

GBPオプションでは、市場が10%下落し(このリポートを書いている時点の英ポンド/米ドルは1.44ドル台となっているので)1.295ドルとなる可能性を10.8%とする一方で、10%上昇して1.585ドルを付ける可能性を3.6%としている。実質的に、3:1の割合で、発生する可能性は、10%上昇の方が10%下落よりも高いとしているのである。

反対にEURオプションでは、上昇・下落の発生確率が均衡を示している。5月6日時点のユーロ/米ドルでは、10%下落が3%、10%上昇が2.3%とされているのである。

英国がEUを離脱するとすれば、英ポンドが最も下落圧力を受けることになると思われるが、EURとGBPのオプションにここまでの差異があるのは、ちょっと腑に落ちない部分もある。前回のリポート(Brexit: More Pain for EU than Britain?)でも指摘した様に、Brexitのリスクは英国に限定されているわけではないからである。ユーロに加盟する国々にとっても、英国での今回の国民投票は重要な意味合いを持っている。例えば、英国がEUを脱退することになれば、それを契機に、特にギリシャの様な、その他の加盟国でEU脱退が現実味を以て考慮される事態をもたらし、債務不履行など、混乱への扉を開くことになる可能性もある。

さらに、Brexitの影に入っていたことで、市場が見落としていた経済的現実が表面化する可能性も危惧される。例えばそれは、英国がEUから離脱しようと残留しようと、英国経済はユーロ圏のそれに比べて、数段健全な状態にあるという事実である。失業率はユーロ圏をはるかに下回っており(図4)、コア・インフレ率では英国がユーロ圏を0.5%上回っている(図5)。これらによる見通しは、一段の金融緩和が現状でも模索され、2017年の遅くまで量的緩和を継続することになるであろう欧州中銀よりも早期に、BOE(イングランド銀行)は政策金利の引き上げを実行するであろう、ということである。

図 4: 英国の失業率はユーロ圏の半分でしかない。

図5:  英国のコア・インフレ率はユーロ圏の1.5倍

英ポンド/米ドル(為替市場のプロたちに“ケーブル”の愛称で呼ばれる通貨ペア)で、英ポンドの上昇期待(もしくは上昇懸念)が非常に限定的であるという事実は、同時に、大幅上昇の可能性を高めていることにもなる。さらに、英国とユーロ圏のファンダメンタルズの温度差から、対EURでもGBPが上昇する可能性は高いと考えられる。

ただし、ラードブロークスやパディ・パワー、Predictit.org などのブックメーカーがおよそ25%~30%の確率で見込んでいる様に、万一、国民投票の結果がEU離脱となった場合、英ポンドが売り込まれる可能性が排除されるものではない。実際、離脱賛成派は、その勢いを加速させている状況でもある。

しかしながら、現状の市場センチメントがここまでネガティブに偏っていることから、投票結果が「残留」となった場合に英ポンドが大幅な反発を見せるシナリオ、さらに、実際に「離脱」となった場合に限定的な下げで終わるシナリオも、考慮されるべきであろう。米ドルの視点からは通常、英ポンドとユーロは連動して動くが(図6)、Brexitに関する今回の国民投票は、この連動性に大きな試練を与えることになると考えられる。

対GBP 、対USD でEURが強含む結果になった背景として、欧州中銀によるマイナス金利導入に対して、市場が予想外の反応を示したことが指摘される。預金金利がマイナス0.4%に引き下げられたことを受けて、ユーロが上昇したのである。ただ、この段階でのマイナス金利は、銀行に対する課税と捉えられ、緩和的な金融政策に対する矛盾であると認識されたのかもしれない。もしも、欧州中銀がマイナス金利を貸出で導入したとしたら(実際には、近々にもあり得る政策判断)、市場は逆の反応を示したかもしれないし、ユーロの供給量拡大を背景に、対GBP 、対USD でEURは下落した可能性もある。

図 6:  2015年末から2016年初め、Brexitに下押しされる英ポンド

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著者について

Erik Norlandは、CMEグループのエグゼクティブディレクター兼シニアエコノミストです。世界の金融市場に関する経済分析の責任者であり、最新のトレンドと経済要因を評価することで、CMEグループのビジネス戦略、および当グループの市場で取引を行う顧客への影響を分析します。CMEグループのスポークスパーソンの一員でもあり、世界経済、金融、地政学の情勢に関する見解を発信しています。

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